42 / 78
加速
3.
しおりを挟む
高速をおり、都心のど真ん中を抜けると、一気に静かな街並みへと入っていった。
高級住宅街に入ったのだと、和人にと分かった。
歩道に植えられた街路樹はよく手入れされているし、家はどれも大きく豪勢な造りだった。そして塀が高かった。それは家人のプライドの高さを表しているようにも、和人には思えた。
「ここか」
曲がり角に面した一軒の家があった。
そばにはパトカーが一台、門扉には警察官が一人立っている。ただ中の様子は静かで、今、どの程度の現場検証が行われているのかは、和人には分からなかった。
「和人、頼みがある。私が家の周りをゆっくりと走るから、スマホで家を撮影してほしい」
「分かった」
和人はそういうと、幸子の膝の上に身を乗り出すようにしてスマホを構えた。ただ、露骨に窓からスマホを出すと、警察官に見咎められそうだったので、窓は閉めたままにした。
和人が幸子の胸元近くすれすれに腕を伸ばすと、幸子は顔をしかめたが結局何も言わなかった。
警察官は、和人のスマホに気づいていたようだが、ただの野次馬と思ったのか、何もいわなかった。
「撮影は終わった?」
「うん。一応端から端まで、撮れるところは全部撮った。もちろん、塀に隠れているところはだめだけど、二階部分とか、バルコニーは確実に映ってる」
「よし」
幸子は車を加速させると、住宅街を抜けた。
それから何度も細かくハンドルを切ると、人気のない裏道へと車を停めた。
表通りは人通りが多く賑わっているのに対し、一本裏に入っただけでこんなにも静かになるのかと、和人は驚いた。
そして、その道路沿いにホテルが何軒か建っていることに気づいた。
「和人。さっきの動画、みせてくれる」
「う、うん」
幸子はスマホを受け取ると、画面をアップにしたり、角度を変えたりし始めた。
「この二階の軒下に監視カメラがあるな。もちろん門扉のところにもついているし、庭に建っているポールの先端にもついている。これなら、広角ですべてを撮影できるわね。もちろん、今の最新型のカメラなら顔もしっかり映っているだろうし。聞いた話によると犯人は建物の中でも外でも、マスクや目出し帽のようなものは一切使わなかったそうだ。被害者の不動産会社会長は、ナイフで脅されながら両手を縛られたそうで、近くではっきりと犯人の顔を見ている。余程犯人は素顔をさらしても捕まらない自信があったのね」
「そうだね…」
和人は幸子の横顔から、その白く澄んだ肌目を離せなかった。
今までその美しさを何度も見てきたはずなのに、今までとはまるで違って見える。
いや、違ってしまったのは、自分なのだろう。
和人はそれに気づいていた。
「それから、この窓もよく見ると、強化フィルムが貼られている。人の出入りができそうな窓で割られたものはなさそうだから、堂々と玄関から入った可能性が高いわ。この調子なら、かなり新しいタイプの鍵だろうが、それでも開けたとなると、島津家に侵入したときとの類似性を感じるわね」
「……」
「ただ庭の趣味は悪いな。木の植え方も、家の外壁の色も、装飾も品がない。はっきりいって成金趣味といわれてもしかたない。緑亭館を見せてやりたいな。おそらく盗まれた金塊というのも、表に出せない隠し資産だろう。下品な人間ほど、手元に金目のものを置きたがる。まあ、そういう私も、ここ最近、直接銀行に行くことなど滅多にないけどね」
幸子はスマホから顔をあげた。
「年齢詐称を疑われるのが嫌でね」
そういって幸子は苦笑した。
だが和人は笑わなかった。
幸子が、わずかに首を傾げた。
「和人?」
「幸子さん、聞いてほしいことがあるんだ」
「なに?」
「俺、もっと幸子さんの力になりたい」
「俺? 自分のこと、そんな風に呼んでた?」
幸子はそういって笑ったが、和人は気にしなかった。
「たぶん、本当の幸子さんは、もっと弱い女性なんだと思う。当然だよ。不老の身体で、これだけ長く生きていて、孤独で…… 傷ついて、疲れ果ててもしょうがないさ」
和人はグッと顔を幸子の顔に近づけた。
どれだけ近くで見ても、幸子の顔にはシワやしみ、毛穴の汚れなどはなかった。かといって、のっぺりとした、無機質な肌の白さとは無縁だった。きめが細かく、透き通るように白く、それでいて血の通った熱を感じさせる肌だった。
「でも、もっと俺を頼ってほしいんだ」
「和人?」
和人は浮かれていた。
自分でもスラスラと言葉が出てくるのが、不思議だった。それはとても気分がよかったのだけれど。
「幸子さんの、あなたのその美しさも、聡明さも大好きなん……」
「和人くん」
和人の言葉は遮られた。
今まで、幸子が和人をくんづけで呼んだことなど、一度もなかった。そのことに気づくのに、和人は少し時間がかかった。
「あんまり調子に乗らないで」
幸子の目は、かつてないほど冷たかった。
高級住宅街に入ったのだと、和人にと分かった。
歩道に植えられた街路樹はよく手入れされているし、家はどれも大きく豪勢な造りだった。そして塀が高かった。それは家人のプライドの高さを表しているようにも、和人には思えた。
「ここか」
曲がり角に面した一軒の家があった。
そばにはパトカーが一台、門扉には警察官が一人立っている。ただ中の様子は静かで、今、どの程度の現場検証が行われているのかは、和人には分からなかった。
「和人、頼みがある。私が家の周りをゆっくりと走るから、スマホで家を撮影してほしい」
「分かった」
和人はそういうと、幸子の膝の上に身を乗り出すようにしてスマホを構えた。ただ、露骨に窓からスマホを出すと、警察官に見咎められそうだったので、窓は閉めたままにした。
和人が幸子の胸元近くすれすれに腕を伸ばすと、幸子は顔をしかめたが結局何も言わなかった。
警察官は、和人のスマホに気づいていたようだが、ただの野次馬と思ったのか、何もいわなかった。
「撮影は終わった?」
「うん。一応端から端まで、撮れるところは全部撮った。もちろん、塀に隠れているところはだめだけど、二階部分とか、バルコニーは確実に映ってる」
「よし」
幸子は車を加速させると、住宅街を抜けた。
それから何度も細かくハンドルを切ると、人気のない裏道へと車を停めた。
表通りは人通りが多く賑わっているのに対し、一本裏に入っただけでこんなにも静かになるのかと、和人は驚いた。
そして、その道路沿いにホテルが何軒か建っていることに気づいた。
「和人。さっきの動画、みせてくれる」
「う、うん」
幸子はスマホを受け取ると、画面をアップにしたり、角度を変えたりし始めた。
「この二階の軒下に監視カメラがあるな。もちろん門扉のところにもついているし、庭に建っているポールの先端にもついている。これなら、広角ですべてを撮影できるわね。もちろん、今の最新型のカメラなら顔もしっかり映っているだろうし。聞いた話によると犯人は建物の中でも外でも、マスクや目出し帽のようなものは一切使わなかったそうだ。被害者の不動産会社会長は、ナイフで脅されながら両手を縛られたそうで、近くではっきりと犯人の顔を見ている。余程犯人は素顔をさらしても捕まらない自信があったのね」
「そうだね…」
和人は幸子の横顔から、その白く澄んだ肌目を離せなかった。
今までその美しさを何度も見てきたはずなのに、今までとはまるで違って見える。
いや、違ってしまったのは、自分なのだろう。
和人はそれに気づいていた。
「それから、この窓もよく見ると、強化フィルムが貼られている。人の出入りができそうな窓で割られたものはなさそうだから、堂々と玄関から入った可能性が高いわ。この調子なら、かなり新しいタイプの鍵だろうが、それでも開けたとなると、島津家に侵入したときとの類似性を感じるわね」
「……」
「ただ庭の趣味は悪いな。木の植え方も、家の外壁の色も、装飾も品がない。はっきりいって成金趣味といわれてもしかたない。緑亭館を見せてやりたいな。おそらく盗まれた金塊というのも、表に出せない隠し資産だろう。下品な人間ほど、手元に金目のものを置きたがる。まあ、そういう私も、ここ最近、直接銀行に行くことなど滅多にないけどね」
幸子はスマホから顔をあげた。
「年齢詐称を疑われるのが嫌でね」
そういって幸子は苦笑した。
だが和人は笑わなかった。
幸子が、わずかに首を傾げた。
「和人?」
「幸子さん、聞いてほしいことがあるんだ」
「なに?」
「俺、もっと幸子さんの力になりたい」
「俺? 自分のこと、そんな風に呼んでた?」
幸子はそういって笑ったが、和人は気にしなかった。
「たぶん、本当の幸子さんは、もっと弱い女性なんだと思う。当然だよ。不老の身体で、これだけ長く生きていて、孤独で…… 傷ついて、疲れ果ててもしょうがないさ」
和人はグッと顔を幸子の顔に近づけた。
どれだけ近くで見ても、幸子の顔にはシワやしみ、毛穴の汚れなどはなかった。かといって、のっぺりとした、無機質な肌の白さとは無縁だった。きめが細かく、透き通るように白く、それでいて血の通った熱を感じさせる肌だった。
「でも、もっと俺を頼ってほしいんだ」
「和人?」
和人は浮かれていた。
自分でもスラスラと言葉が出てくるのが、不思議だった。それはとても気分がよかったのだけれど。
「幸子さんの、あなたのその美しさも、聡明さも大好きなん……」
「和人くん」
和人の言葉は遮られた。
今まで、幸子が和人をくんづけで呼んだことなど、一度もなかった。そのことに気づくのに、和人は少し時間がかかった。
「あんまり調子に乗らないで」
幸子の目は、かつてないほど冷たかった。
0
あなたにおすすめの小説
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
貞操逆転世界で出会い系アプリをしたら
普通
恋愛
男性は弱く、女性は強い。この世界ではそれが当たり前。性被害を受けるのは男。そんな世界に生を受けた葉山優は普通に生きてきたが、ある日前世の記憶取り戻す。そこで前世ではこんな風に男女比の偏りもなく、普通に男女が一緒に生活できたことを思い出し、もう一度女性と関わってみようと決意する。
そこで会うのにまだ抵抗がある、優は出会い系アプリを見つける。まずはここでメッセージのやり取りだけでも女性としてから会うことしようと試みるのだった。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる