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帆に吹く風
1.
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「おう、和人。用は済んだのか?」
健が読んでいた小説から、顔を上げた。
「うん」
妹のゆきが不審そうな顔をしているのが視界の端に入ったが、和人は声をかけなかった。
「和人?」
健が小説を置いた。
「なんかあったのか?」
和人はゆっくりと、健のほうを向いた。
「なんかさ、良子さんの様子がおかしいんだ」
視界の端で、ゆきが眉をひそめた。
健は小さくこくこくと頷いた。
その仕草はなぜか、和人を安心させた。
「そうか。分かった。とにかく最初っから話せ。どんなに時間がかかってもいいから。ゆっくり、丁寧にな」
これまで聞いたことがないほどに落ち着いた健の声に、和人は肩の力がゆっくり抜けていく気がした。
「分かった」
和人は椅子に座ると、早速、良子の実家であった事件の調査に幸子と携わっていることから話し始めた。江戸時代からの言い伝えも。T都で起きた強盗事件についても。そして、幸子の美しさに目が眩んだ挙句、勝手に惚れて、調子に乗って、幸子に叱られたことも。
ゆきと二人で幸子について、もっと知ろうと決めたことも。
話せば話すほど、和人の心は軽くなっていった。
健は話を聞いている間、けっして急かしたりはしなかった。バカにしたり、茶化すこともなかった。目を閉じて、眉間にしわをよせた健のしかめっ面が、和人には心地よかった。
「それで、幸子さんについて、良子さんの知り合いが知ってることがあったら教えてもらおうと思ったんだ。そしたら、良子さん、すごい怒り出してさ。今はそんなこと調べてる場合じゃないって」
「まあ、それはそうよね。良子さんの立場からしたら」
「それが、良子さんがいうには、もっとドッペルゲンガーについて真剣に調べろっていうことなんだ」
「え? ドッペルゲンガーについて?」
「うん。彼女がドッペルゲンガー説を推しているのは知ってたけど、なんか熱の入れ方が普通じゃない気がするんだ。あんまり大声だったから、クラスの人もしんとしちゃってさ。とりあえず、謝って出てきたんだけど」
和人が話し終えると、健はしばらく黙っていた。表情が変わらないので、話を聞いていなかったのかと、和人は本気で心配になったほどだった。
やがて健は、真剣な顔で口を開いた。
「和人。お前、俺が新作にドッペルゲンガーをネタにしようとしてたの、知ってるか?」
「え? いや、初耳だけど。健もドッペルゲンガーのファンなの?」
健はその質問には答えず、和人とゆきに聞いてきた。
「二人ともSNSのアカウントは持ってたよな?」
「うん、見る専門だけど」
「私も、あんまり投稿とかはしないですね」
「この十日あまり、ネット上でドッペルゲンガーがブームになってるんだ。ドッペルゲンガーを題材にしたフリーゲームがやたら宣伝されていたり、何年も前のドッペルゲンガーを扱った漫画が今さら取り上げられたりな。まだ二人は目にしてないみたいだけど、たぶんいずれ目にする。少しずつだがバズリ出しているし、今後大手メディアがこの流れに注目して、アニメやらマンガやらを作る可能性は高いだろうな」
「じゃあ、健はその流行の先端をいってるわけだ」
「俺が書こうとしていたのは、まさにこの、今起こっているドッペルゲンガーのブームと絡めたものなんだ。いや、単純にドッペルゲンガーそのものだけじゃない。このブームの背後にあるものも含めてだ」
「ブームの背後? 誰か仕掛け人でもいるってこと?」
健は少し身を乗り出した。
「お前、インターネットっていうものが、いつから世界に広まったか知っているか?」
「え? いつから?」
和人にとって、インターネットは物心ついたときから存在するものだった。
健が読んでいた小説から、顔を上げた。
「うん」
妹のゆきが不審そうな顔をしているのが視界の端に入ったが、和人は声をかけなかった。
「和人?」
健が小説を置いた。
「なんかあったのか?」
和人はゆっくりと、健のほうを向いた。
「なんかさ、良子さんの様子がおかしいんだ」
視界の端で、ゆきが眉をひそめた。
健は小さくこくこくと頷いた。
その仕草はなぜか、和人を安心させた。
「そうか。分かった。とにかく最初っから話せ。どんなに時間がかかってもいいから。ゆっくり、丁寧にな」
これまで聞いたことがないほどに落ち着いた健の声に、和人は肩の力がゆっくり抜けていく気がした。
「分かった」
和人は椅子に座ると、早速、良子の実家であった事件の調査に幸子と携わっていることから話し始めた。江戸時代からの言い伝えも。T都で起きた強盗事件についても。そして、幸子の美しさに目が眩んだ挙句、勝手に惚れて、調子に乗って、幸子に叱られたことも。
ゆきと二人で幸子について、もっと知ろうと決めたことも。
話せば話すほど、和人の心は軽くなっていった。
健は話を聞いている間、けっして急かしたりはしなかった。バカにしたり、茶化すこともなかった。目を閉じて、眉間にしわをよせた健のしかめっ面が、和人には心地よかった。
「それで、幸子さんについて、良子さんの知り合いが知ってることがあったら教えてもらおうと思ったんだ。そしたら、良子さん、すごい怒り出してさ。今はそんなこと調べてる場合じゃないって」
「まあ、それはそうよね。良子さんの立場からしたら」
「それが、良子さんがいうには、もっとドッペルゲンガーについて真剣に調べろっていうことなんだ」
「え? ドッペルゲンガーについて?」
「うん。彼女がドッペルゲンガー説を推しているのは知ってたけど、なんか熱の入れ方が普通じゃない気がするんだ。あんまり大声だったから、クラスの人もしんとしちゃってさ。とりあえず、謝って出てきたんだけど」
和人が話し終えると、健はしばらく黙っていた。表情が変わらないので、話を聞いていなかったのかと、和人は本気で心配になったほどだった。
やがて健は、真剣な顔で口を開いた。
「和人。お前、俺が新作にドッペルゲンガーをネタにしようとしてたの、知ってるか?」
「え? いや、初耳だけど。健もドッペルゲンガーのファンなの?」
健はその質問には答えず、和人とゆきに聞いてきた。
「二人ともSNSのアカウントは持ってたよな?」
「うん、見る専門だけど」
「私も、あんまり投稿とかはしないですね」
「この十日あまり、ネット上でドッペルゲンガーがブームになってるんだ。ドッペルゲンガーを題材にしたフリーゲームがやたら宣伝されていたり、何年も前のドッペルゲンガーを扱った漫画が今さら取り上げられたりな。まだ二人は目にしてないみたいだけど、たぶんいずれ目にする。少しずつだがバズリ出しているし、今後大手メディアがこの流れに注目して、アニメやらマンガやらを作る可能性は高いだろうな」
「じゃあ、健はその流行の先端をいってるわけだ」
「俺が書こうとしていたのは、まさにこの、今起こっているドッペルゲンガーのブームと絡めたものなんだ。いや、単純にドッペルゲンガーそのものだけじゃない。このブームの背後にあるものも含めてだ」
「ブームの背後? 誰か仕掛け人でもいるってこと?」
健は少し身を乗り出した。
「お前、インターネットっていうものが、いつから世界に広まったか知っているか?」
「え? いつから?」
和人にとって、インターネットは物心ついたときから存在するものだった。
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