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 お昼をすぎて、夕方になっても牧本や米塚は大広間にはほとんどでてこなかった。時折、飲み物や缶詰を取りに来るくらいだった。松永も一階と屋外のあらゆる場所で、なくなった『王家の涙』を探すのに忙しい様子だった。和也たちが泊まった物置の中も家具の裏側も、すべて片っ端からひっくり返す念の入りようだった。ただし二階にはいかなかった。というより、階段から続く相田正一の部屋の唯一のドアにアルミテープを何重にも貼って、ドアを完全に開けないようにしてしまったのだ。

「雨、まだやみそうにないわね」

 乃愛が窓の外をみながらつぶやいた。手元にはモノポリーで使うおもちゃの紙幣がある。

「この分じゃ歩道はもちろん車道のほうだって無事かわからないぞ」

 そう答えたのは真だったが、モノポリーには参加せず、腕立て伏せをしながらなのでやたら汗をかいている。何もこんな時にやらなくても、と和也がきくと「体を動かさないでいると逆に具合が悪くなるから」と答えてきた。

「じゃあ私たちもう一泊する必要があるの?」

 南がぶぜんとした声でいった。

「まあ、多分泊まるにしてもこれが最後の一泊になるでしょう。あまり心配する必要はないと思うわ。むしろ道路がが通るようになって、警察が来てからのほうが大変じゃないかしら」
「でも霧江さん、たとえ雨がやんでも、松永さんが私たちを帰さないようにするんじゃないかしら?」
「やりかねないな。あの婆さん、包丁もって追っかけてくるかもな」
「私がみたところ、もう松永さんはかなり疲れてるわ。なにせお年だものね。あと一晩もたてば本人が疲れて動けなくなってしまうでしょうよ。それにあなたたちのご家族には一泊するとしかいってないんでしょ? 今日帰らなかったらきっと心配して訪ねてくるわ。ところで和也くん、私がみたところ、あなたがサイコロを振る番みたいよ」

 自分は参加せず見守っているだけなのに、霧江はそういって盤面を顎でしゃくった。

「そうよ、和也くん。何ぼーっとしてるの?」
「ごめん、乃愛。犯人のこと考えてたんだ」

 全員の視線が和也に集まる。

「なるほど、和也くんは名探偵だったわけね」

 霧江はクスリと笑った。

「それじゃ、推理をきかせてもらいましょうか?」
「うーん、推理ってほどじゃないんだけど、まず犯人があの荷物用エレベーターを使ったのは間違いないと思うんだよね」
「異議あり」

 スクワットしながら真がいった。

「なぜそういいきれる? あの松永の婆さんがもってるスペアキーをつかったのかも? あるいはスペアキーをつくったかも?」
「真、ぼくたちを物置に案内するときのこと覚えてる? 松永さんは自分の部屋のベッド脇の台から鍵を出したんだよ。多分スペアキーもあそこに入れてるはず。いくら眠っているとはいえ、あそこから持ち出すのは難しいよ」
「和也くんのいうとおりね」

 霧江はニッコリと笑った。その笑顔だけで、和也は胸がキュンと締めつけられる気がした。真が少し不機嫌そうな顔で睨んできたのは無視した。

「ついでにいうとあの鍵はコピーをつくるのが難しい最新型のタイプよ。スペアキーは松永さんが持ってる分だけでしょうね。相田さんが自分でいってたんだけど、金庫もいずれは新しくするつもりだったみたい。まずは部屋の鍵からってことでしょうね」
「窓から侵入っていうのは? ここ二階建てだし、外から相田さんの部屋の窓に直接侵入するの」
「乃愛ちゃん、私もそれは考えたわ。で、さっきキッチンの奥の防犯システムをチェックしてきたんだけど問題なく作動してたわ。もし夜中に相田さんの部屋の窓を外から開けようとしたら、きっと警報が鳴ったはずよ」
「でも、和也くん。そうなると犯人は私と南ちゃんとあなたの、三人のなかにいるってことになりわよ」

 それが問題なんだよなぁ。和也は乃愛の言葉に黙って天井をみた。

「方法はともかく、怪しいのは牧本さんだと思うな」

 南がモノポリーのトークンをもてあそびながらいった。

「どうして?」
「乃愛もきいたでしょ? エレベーターをつくったのは娘さんだって話。何か体重をごまかす方法を知っていたのかもよ」
「まさかそんな」
「うん、それはないと思う。エレベーターの重量警報の設定を変えるくらいなら、窓の防犯システムを切るほうがまだ簡単じゃないかな」
「じゃあみんなが怪しいと思う人は誰なのよ?」
 
 南が拗ねたような声をだした。

「オレは米塚さんだな」

 汗だくになりながら真がいった。どうやら片足立ちでのスクワットという、和也の目にはサーカス並の難易度の動きをしているらしい。

「あの人、いってただろ? 相田さんが違法な仕方で宝石を入手してたって。それをネタに交渉しようと思ってたって。でもそれって要するに脅迫ってことだろ? 脅迫する前に小手調べに盗みに入ったのかもしれないだろ」

 和也たちは顔を見合わせた。確かに中学校の先生といえども裏で何をしているかはわからない世の中だ。大学の先生だって信用はできない。

「そもそも松永さんだって演技している可能性はあるわよね。あの人が自分の持ってるスペアキーで入ったって考えるのが、一番確実なんじゃないの」
「ちょっと乃愛!? じゃあ私たちの荷物をあさったりみんなの体重を測ったりしたのは、みんな演技だっていうの!?」
「なくはないでしょ」
「乃愛みたいな女優じゃないのよ、松永さんは」
「あら、南ちゃん。女はみんな女優なのよ」
 
 霧絵が笑いだしそうな表情で南と乃愛をみている。

「二人ともいつもそんな会話しているの」

 乃愛と南は顔を見合わせた。
 
「私が子どもの時はそんな会話なかったな」

 そういって霧絵は目を閉じた。

「そんな会話をしてくれる友だちもいなかった」

 それだけいって黙ってしまった霧絵を、和也たちは何もいえずにみていた。
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