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第2章:飛び立て!てつお

第9.5話「時代の幕開け」

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五年前。あの忌々しい戦争!

我らが国王と仰ぐ先代君主キチロ様はこの戦争で逝去した。
そして思い上がった王子バンが血迷って戦線に出てそのまま国王になりよったのだ。

あの若僧ときたら、戦前から我ら貴族を軽んじておったわ!
この誉れ高きゲラーカ家を何と心得ておるのか。
戦時中も同じだ。
キチロ様は王宮と我ら貴族を守ることを最優先としておったのに。
奴は突然に親衛隊を再編成して、“救民軍”と名乗り民衆や一兵卒ごときを最優先に守りおった!
それに従った当時の親衛隊隊長ジュークもどうかしておる!



奴らには命の価値が分からんのだ!
その日その日を息を切らして生きていくだけの下々の奴らの命と、タイオー国が今日に至るまで支え続け、国外へも顔の広い我ら貴族の命の価値が同じに思えておるのだろう。
全く正気の沙汰ではない!



何より忌々しく腹立たしいのはソフレン家のハヤとかいう小僧だ!
再編成された救民軍の弓兵団長に弱冠十七歳で突如抜擢された、ソフレン家の隠し子!
あの戦争までその存在を隠しておったのだソフレン家め!
あの家には長女カーサと次女ルミナしかおらんはずではなかったのか!

ともかくこのハヤとかいう小僧はな、おい聞いているのかメロンジ!
……そうだしばらく聞け。我らにとっても重要な話なのだ。

そう、このハヤという小僧はソフレン家の得意技【氷結魔法】と類まれな【弓術】で活躍したのだ。この点は見くびってはならんぞ。
大魔法使いオルズと力を合わせ、魔王軍の放った炎を凍りつかせて一気に戦況を変えたのだ。
ちょうどあの頃は冬だったろう、お前もよく知る“氷の一夜城”を築き、魔王軍を撃退したのだ。

そしてこの功績でな、新国王バンの新政権下で親衛隊隊長になったのだ。
この新政権が悪夢の時代の幕開けだったのだ。



国の復興にあたって最も優先すべきは何か?
当然、我ら貴族の利権の復興のはずだ!
先代王ならそうされたろう。
しかし新国王バンの奴ときたら民衆の家や店を最優先にし、かつては我々が統治していた商業や農業の大部分を民に委ねおったのだ。
おかげで下民どもは活気づき、我ら貴族は痩せてゆく一方だ!
お前も覚えておるだろう!
部下の兵士の給料の三割を自分に納めさせておった頃が懐かしくはないか?
あれは騎兵隊長のお前の当然の権利だったのだ、それをあの若僧が……
奴には良心というものが欠けておる!実に嘆かわしい!
そうだそうだ!腹立たしくなってきたろう!
それでお前は軍を追放されたのだからな……
しかし忘れるな!
お前に兵力や財力を貸し与え、今日のような山賊団に育て上げたのはこの私、ポッポなのだからな!
……何?そうかそうか、山賊団ではまずかったな。
何だったかな、あぁそうそれだ、義勇兵団だ。これでいいか?
とにかく我がゲラーカ家とお前たち、メロンジ団の絆は分かったろう?
そして我らの敵が現政権、国王バンと親衛隊隊長ハヤであることを!そこでだ。



ここからは少し声を小さくしておこう。
いくら人払いをした離れとはいえな。
もう少し近くに寄れ、耳を貸せ。よし。



……我がゲラーカ家はな、その主力利権をマゴシカ帝国に持っていてな。
そこでだ、近々マゴシカ帝国軍がこのタイオーに攻め入る算段となっておる。

その時までに我々がハヤを失脚させる。
マゴシカ帝国が国境を越え城壁に着いたら合図があるはずだ。
それを見たらお前はすぐさまメロンジ団を動員して城門を開け。
そして一直線に王宮を目指して突っ込むのだ。
ハヤ亡き後の宮中は我々が掌握しておく。
その門は軽いであろう。
何?そんなに上手くいくとは思えんか。
フム、そうだな……ではふたつほど教えておこう。



まず一つ……我々はハヤに関するある秘密を握っておる。
その出自のことだ。奴は明らかにその身を偽っておる。
その理由を探っている最中だ。
今夜にもその結果が届くようになっておる。

そしてもう一つ……マゴシカ帝国は最近急に強くなったと思わんか?
その秘密は機械兵だ。ん?分からんか、キカイヘイだ!
生き物ではなく、そこら辺の物質の寄せ集めが魔力によって動くのだ。
こやつらは圧倒的に強い……そしてこの機械兵を作る技術を教えたのがな、チトセという魔女だ。
ほう!そうかピンと来たか!
お前は五年前の戦場にいたのだったな。
ならば“マナイバ”で表示された名前を見たろう。
そう、あの五年前に魔王軍を、数千もの召喚獣を率いておったのが!
オルズをも遥かに凌ぐ世界最強の魔女、チトセなのだ!
このチトセが軍を率いるのだ、我々が負けるわけはない。



……何だその顔は?気に食わんか?
魔女チトセはタイオー国にとっての仇敵だとでも言いたいのか?
魔王軍の手を借りてまで追うべき野心などないと?
馬鹿め、よく考えてみろ!
あの時の魔王軍が、バンやジュークやハヤごときがいくら活躍したとて簡単に退く訳がない。

戦争はな、少しばかり派手な商売なのだ。
チトセにはチトセの利益がある。
我らにも我らの利益がある。
ともかくチトセにとってはタイオーが滅ぶことが目的ではないのは確かだ。
何か別の目的があるのだろう。
それを叶えてやればよいではないか!
その代わりに我らは権力を得る。
悪い取引ではないぞ。



……まだ何かあるのか?お前は山賊だろう!
お前たちの略奪は許されて、これからの我らの商売は許されんのか?
……そうだろう?お前とて、もう引き下がれんはずだ。
……分かればよいわ。もう下がれ。裏口から出るのだぞ。


まったく、あれだから下々の者はいかんのだ。
今更になって湧いてくるような正義感はな、臆病風と呼ぶのだ。
それがあるうちは出世など出来ん。
これがゲラーカ家を一気に復活させたこの私、ポッポとあのメロンジとの差なのだ。

ん?おお帰ったか!早速聞かせてくれ!
ハヤの奴は……?
な、何!本当か!?確かだろうな!?
そうかそうか、そうだったのかハヤの奴め……フッ、フハハハハ!
終わりだ!親衛隊隊長ハヤ!
忌々しいソフレン家も終わりだ!ハーッハハハハ!
そして始まりだ!
輝かしいゲラーカ家の!その当主ポッポの!
いやいや新たな国王になる男の!
その時代の幕開けだ!
フハハハッ!ハーッハッハッハッハ!

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