レベル×レベル 〜低レベルで目指す魔王討伐〜

どすこいシロップ

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第2章:飛び立て!てつお

第13.5話「カーサは死んだ」

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私……わたしは……カーサ・ソフレン。
氷結魔法の使い手、ソフレン家の長女。

わたしは五年前に死んだ。
だけどそれまでは生きていた。
十五年間、きちんと生きていた。

ソフレン家に限らず、貴族の娘が覚えなきゃいけないことはふたつ。

ひとつは、お行儀。
殿方に逆らわず、殿方の言うことに口を出さず、殿方のお気に召すように振る舞うこと。
花のように美しく、羽衣のように可憐に、夜のように静かに。
わたしはこれが全然できなかった。
花を射抜き、羽衣を切り裂き、夜盗を蹴散らすような娘だった。
魔法学校でも、男の子とは喧嘩ばかりしていた。

もうひとつは、お喋り。
多数派には何事にも同調し、その場にいない者を裁き、しかし結論は出さずに話を婉曲する。
わたしはこちらがもっとできなかった。
他所の奥方様やお嬢様にいつも異を唱え、誰かが噂話を始めると消え失せ、結論を求め皮肉や仄めかしを嫌った。
いつしかわたしは、お転婆娘と呼ばれるようになった。



わたしは貴族の娘が大嫌いだった。
誰もがお互いを見下しているのに、顔を合わせれば取り繕ってその場にいないものを貶し、会話に花を咲かせる。
そうして咲いた花を見るたびに、射ち落としてやりたくて【弓術】の練習に励んだ。
魔法学校での喧嘩に、そこの親が出て来て皮肉を浴びせる。
それもわたしにではなく、お父様とお母様に。
そんな皮肉を吐き出す口を凍てつかせてやりたくて、【氷結魔法】のレベルがどんどんと上がっていった。



わたしは王立魔法学校を首席で卒業した。
これだけは誰もに誇れることだと思った。
事実、卒業してからわたしへの縁談が急増した。
だけど実際は違った。
全ての縁談は、仲人役の人がわたしを虐めるためのものだった。

「魔法や弓はよくご存知のようだけど、恥は知らないようね」

「ソフレン家は【氷結魔法】が得意な家柄でしたね。ええ、流石です。きっと場の空気は凍りつくでしょうことよ」

「どうしてあなたが来たのかしら?私はお嬢様をお呼びしたのよ。あなた、どこの家の下男なの?」

こうしてわたしの縁談は全て叩き潰されていった。
初めからそのつもりで組まれた縁談だった。
何ともご丁寧な、ソフレン家を追い込むための策略だった。
しかし実際に、お父様やお母様は弱りきっていた。
わたしは、今までの全てに我慢できても、このことだけは耐えられなかった。
この時のソフレン家には男が生まれていなかった。
わたしが良家に嫁ぐことが、ソフレン家が生き残る術だったのに。
お父様はいつからか、神殿に足繁く通って男の子を授かるようにお祈りを捧げていた。
大魔法使いオルズ様に占ってもらった名前“ハヤ・ソフレン”を、まだお腹の中にいる子へつけていた。

そうして生まれたのは、妹のルミナだった。
その時初めて、わたしは心から後悔した。
ああ、わたしさえ娘らしく振る舞えていたら!
ルミナは、娘だと分かった瞬間に、お父様とお母様を落胆させることはなかったのに!
何よりも、わたし自身がルミナのことをこう思った!

「なぜお前は男に生まれてくれなかったの?」

生まれた瞬間から、もうルミナは愛されなかった。
わたしのせいだ。
わたしが貴族の娘としてきちんとしていたら!



そんな時、わたしはジュークと出会った。
親衛隊隊長の彼は、たまにお父様の警護任務をすることがあった。
ジュークはわたしを一目見ると言った。

「君が最近噂のカーサ・ソフレンか。腕前は聞いているよ。よければ早速見せてくれないか」

その頃すっかり荒んでいたわたしは、お父様が止めるのも聞かずに弓を取り、遥か遠くのゲラーカ家の宮殿を射った。
後先のことは考えていられなかった。
矢があるだけ番えて射ちまくった。
全ての矢に“ルブルブル”を纏わせて。
いっそ何もかも壊れてしまえばいいとさえ思っていた。

ジュークは一呼吸置くと、弓を引いて一回だけ射った。矢には“チアチ”を唱えていた。
するとその矢は、わたしの放った矢を全てかき消して、空へ吸い込まれていった。
わたしは目の前で起きたことが信じられずに、ここで初めて自分のした事の恐ろしさに震えた。
ジュークは笑いながら言った。

「はっはっは!素晴らしい!これだけできる奴は大陸中探しても見つからないよ!噂の通り、王国一の娘だ」



それからは、わたしは暇さえあればジュークのところへ武術を習いに行った。
ジュークは全てにおいて圧倒的にわたしを凌駕していた。
だけどその力はわたしとは違っていた。
全てを否定したくて身についていったわたしの力は、高めれば高めるほどわたしを苦しめた。
使えば使うほどわたしから人は離れていった。
ジュークの力は、使えば使うほど周りを惹きつけるものだった。
もちろん、このわたしも。
ある日わたしはジュークに問いかけた。
誰にも打ち明けたことのない悩みを。

「ジューク……わたしが娘らしく振る舞えてないから、お父様は苦しんでいるの。妹のルミナは愛されないの。わたしのせいで。わたし、どうすればいいの?」

ジュークは少しわたしの目を見て、微笑んで言った。

「俺もな、親衛隊隊長らしく振る舞えてないんだ。腐りきった王室や貴族が嫌いでね。バン王子をこっそり外に連れ出しては大目玉を食らってるよ」

そう言うとジュークは、弓を引いて王宮を狙った。

「好きにすればいいんだ。俺は親衛隊隊長失格だが、非の打ち所のない俺自身だ。だから思うままに振る舞って……」

ジュークは、ためらいなく王宮に炎の矢を放った。
ジュークの力でそんなことをすれば、たちまち王宮は火の海になって崩壊してしまう。
わたしは生まれて初めて心から焦った。

「自分で尻を拭えばいい!」

そう言うとジュークは目にも留まらぬ速さで二本目の矢を放って、炎の矢をかき消した。

「君は女である前に、カーサだ。ソフレン家である前に、貴族の娘である前にな。お父様だって、ルミナちゃんだってそうなんだろう?だから君にしかできないやり方で、いくらでも埋め合わせはできるさ」

生まれて初めて、わたしを見てくれる人に出会えた。
女でもなく貴族の娘でもない、このわたしを。
その時初めて気がついた。
わたしは、それだけでよかったんだ。
ずっとそれだけが欲しくて、こうなってしまったんだ。
もう貴族の娘になどなる必要はない。
お父様にできない分まで、わたしがルミナを愛せばいい。
貴族の娘にはできない方法で、いつかお父様の力になれればいいのだ。



それから、半年後だった。
お父様が心と身体を弱らせている時だった。
その日前後の記憶が曖昧だ。とにかく突然だった。
魔女チトセが、何の前触れもなく大量の召喚獣の軍勢を引き連れて攻め込んできた。
圧倒的な力で街や宮殿を薙ぎ倒していく魔王軍の戦火は、たちまちソフレン家も飲み込んでいった。
あれほど壊してやりたかった身の周りが、次々と焼け落ちていく。
いざ壊れていくと、どうしようもなく後悔だけが胸に襲ってくる。
わたしは必死の思いで【氷結魔法】を唱えて少しだけ火を消し、ルミナとお父様を助け出した。
しかし、貴族の娘らしいドレスはとても燃えやすく、動きづらかった。
わたしはたちまち炎を纏う瓦礫の雨に飲み込まれ、閉じ込められてしまった。



わたしは気がつくとジュークに抱きかかえられていた。
小高い離宮の展望台だった。

「……君は死んだそうだ。君のお父様がそう言っている」

「ジューク……?」

「……瓦礫の下に……私の息子が閉じ込められている……そう言って俺を呼んだんだ」

気がつくと私は、王国兵が鎧の下に着ける服を着ていた。

「カーサは死んだ……“ハヤ”を助けてくれ、と」

カーサはこの時に死んだ。

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