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第2章:飛び立て!てつお

第16.5話「超えてみせる」

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今から……六十年は前のことじゃろうか。

世界には三人の強大な魔女がおった。
癒しの魔女オルズ、創造の魔女シコツ、そしてこの儂、悠久の魔女チトセじゃ。
オルズなどは取るに足らん。
慈善家の真似事で持て囃されただけの三流魔法使いに過ぎん。
問題はシコツじゃ。
彼奴は半獣人のクセに魔法の才能に優れておった。
儂と同い年のクセにいつも儂の三歩先を行っておった。
たまに儂が四歩飛ぶと奴はもう六歩先におった。
若き日の儂は彼奴が妬ましくて仕方がなかった。
同じ師匠の元で同じ年月をかけて修行をしたというのに、儂は彼奴の光を受けて輝く月でしかなかった。
彼奴が編み出した呪文を儂がなぞっていくだけの月日じゃった。
彼奴がゴミのように放り捨てた数々の呪文があった。
本当にやりたいことではないからなどと言って書きなぐって消した途中式がいくつもあったのじゃ。
儂にはその途中式のうちのひとつでも編み出せる気がせんかった。
儂が死力を尽くして三日三晩かけて編み出したと思うておった呪文が奴にとっては木材の削りカスのような物だったのじゃ。



儂は彼奴の書き捨てた数々の魔法を、呪文を儂のものとして世間に伝えた。
世の中の阿呆どもは儂を褒め称えた。
魔法の歴史をたったひとりで百年進めたのだと。
儂ほどの魔法使いは、この世界が始まって以来ひとりも生まれたことがないなどと抜かしおった。
儂は富と名声を求めて魔法使いになった。
それがこうもあっさり手に入った。
儂には全てが許せなかった。
“マナイバ”によると儂の方が魔力もMPもスキルレベルも上じゃった。
そのステータス画面にすがるように“マナイバ”と唱えると、いつも儂にはシコツの居場所が分かったものじゃ。
何と忌々しいことか!
儂が彼奴より上であることを確認する度に、彼奴の影が儂の視界の端にチラつきおる!



儂は彼奴と仲が良いように振舞っておった。ある日儂が奴の元を訪ねると、彼奴は【究極魔法】なるものを創り出そうとして諦めるところじゃった。
何でも、世界中の予言の書と女神と魔王様の全てが必要だということじゃった。
何かを諦める時、シコツは誰の言葉も耳に入らぬほど取り乱す。
儂は彼奴が放り出した数々の魔法をまた解き明かしていった。
彼奴はまたひとりで勝手に魔法の歴史を千年ほど進めるつもりだったらしい。
その副産物で世間での魔法の歴史は250年ほど進む。
また儂の名声が高まる。
儂はそんな虚しいことを繰り返しておる自分が情けなくなった。
儂にとって一生をかけてもできぬことは、素直にシコツの実力と才能を認めることじゃった。



その時、彼奴がかき集めた魔王様についての書物のうちのひとつが儂の魔力に反応して光り始めた。
そして儂の頭の中に声が響いたのじゃ。

「汝、悠久の魔女よ……我が顕現を成せ……」

儂の頭の中に語りかけておるのは、他でもない、間違いなく魔王様じゃった。



それからというもの、儂は取り憑かれたように魔王様がこの世に降臨できるための魔法を研究した。
魔王様の干渉もあったのじゃろう。儂の魔力は冴え渡り、三十年ほどで魔王様が顕現できるための魔法陣と呪文が完成した。
多くの素材を必要とした。
父母を、師匠を殺しその心臓を捧げもした。
儂は取り憑かれておったのだ。
あの頃は自らの行いの恐ろしさに震え食事も喉を通らなかった。
もう引き返せなくなった儂は死ぬ気で魔王様の顕現魔法の研究を進めた。

そしてついに魔王様が儂の魔法陣によってこの世に降り立った。
その瞬間には、儂の罪悪感や焦燥感は全て消え去った。
魔王様のお姿の、何とご立派なことか!
儂はこの瞬間のために生きておったのだ!
シコツなどもはや取るに足らん!
彼奴は所詮、世間の、この世界の流れの中での偉大な魔法使いに過ぎぬ!
おお、儂は今、彼奴のことを偉大と言ったのか!
そうじゃ!奴は確かに偉大じゃ!
下等な人間の世界での魔法使いの中ではな!
儂は!全ての人間を超越した!
女神や予言の書と同等の存在!
遥かなる魔王様を顕現した魔法使いなのじゃ!
存在の格が違うのだ!



儂にはかつてないほどの魔力が漲っておった。
魔王様のために海底を魔法で引っ張り上げ、ヨナキクと名付け大陸を作り城を築いた。
儂には容易いことじゃった。
それから更に二十五年ほど経った頃か。
何であろうとできる儂がただ一つ気に食わなかったのが、この見た目じゃった。
鏡に映るその老いた姿は、偉大なる魔王様の行く末を最も近くで見守る儂に相応しくない。
そこで儂は呪文を編み出した。
見る者の最も大切で、また理想としておる姿をこの身に纏う呪文、“ショフト”を編み出した。
儂はこれを鏡を見ながら早速自分自身に唱えた。



しかしその姿を映した鏡をすぐさま叩き割った。
何故じゃ!この姿は!おお!儂のこの姿は!
彼奴ではないか!シコツの姿そのものではないか!!
許せぬ!儂にはこの姿は認められぬ!
あのような下等な魔法使いの姿など!!



そうか、儂は彼奴の投げ捨てた【究極魔法】が気がかりなのじゃ!
ええい!そうに違いない!!
よかろう、儂が完成させてやろう!
世界中の予言の書と、女神じゃな!?
儂が掻き集めてくれる!
その予言の書によれば、魔王様が現れたのならば、必ず女神の奴も近いうちにこの世に姿を現わすに違いないのだ!勇者の奴と共にな!
儂は超えてみせる。
シコツなど!儂があのような者を理想としとるなどあり得ぬ!
まずはアシュラ大陸の予言の書じゃ!
確か、タイオー国に予言の書があったはず!
儂の召喚魔法で攻め滅ぼしてくれる!



そう、これが五年前の戦争に至った経緯じゃ。
あの時は国中のどこにも予言の書は見つからなかった。
小賢しい人間どもやオルズの力で隠しおったのだ。
召喚獣もあらかた倒されてしまった。
馬鹿げておる。下等生物のために、儂がこのような高い代償を払う必要などあるまい。
儂には撤退など恥ではなかった。
恥とは、同等程度の存在同士においてのみ生ずるもの。
本棚の綿ぼこりを完全に払い終えなかっただけに過ぎぬ。
いずれ女神が現れた時に在り処まで案内させればよかろう。
しかしそれまで待ちぼうけというのも気に食わぬ。
どうやらタイオー国はマゴシカ帝国と仲が悪いらしい。
ここはひとつ、魔王様の世界の知恵と文明の力を借り、人間どもに争ってもらうとしよう。
よい暇つぶしになるじゃろうて。



そしてその時が来た。儂の召喚獣の生き残り、翼熊獣リズロの経験値が儂の元へ入ってきたのだ。
どうやら何者かによって倒されたらしい。
人間どもはあれを森の主と呼んでオルズの作った結界に閉じ込めておった。
それを破り、倒した者がおる。
そして程なくして、オルズの経験値まで入って来おった。
彼奴ほどの魂は、必ず派手に空へ飛んでいくはず。
それが何故か、空へは行かなかったらしい。
即ち、女神が勇者と共に現れたのだ。

儂がタイオーに潜んで程なくして、妖精を連れた小僧どもが現れた。
彼奴らは酒場“ガマデン”へ行くらしい。
儂は“ショフト”を唱え、山賊団の親玉の理想の姿となった。
ドルビと名乗り“マナイバ”を唱え、彼奴らのステータスを知った。
てつおとやらは、レベル3にして、大文字のステータス。
エ・マ・エとやらは、スキルレベルが表示されぬ。
これは女神の仮の姿の証として書物に記されておった通りじゃ。
何よりも、タキオ・ノア!
ノアという姓で儂には分かった。こやつはオルズの孫じゃ。
スキル【究極魔法】が表示されておる。
魔王様の世界風に言うならば、「鴨がネギ背負って来た」のじゃ!
とうとうこの時が来た!

シコツよ、お主の【究極魔法】は儂の手で産み出してみせよう!
今こそ儂は、“ショフト”を纏う時の儂を超えてみせるのだ!
シコツの影を儂から消す時が来たのだ!


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