ヒーローの苦悩

秋川真了

文字の大きさ
1 / 1

ヒーローの苦悩

しおりを挟む
電話音が部屋中に鳴り響く。アールはそれに数秒遅れて気づいた後、急いで受話器を取る。
「はい。こちらアールです」
「アールさん。今A市郊外に怪人が現れたわ。幸い、周りに住宅地はないけれど、間違いなく武装してるから気をつけてね。詳しい場所は~…」
「はい。直ちに向かいます」
本人としても久しぶりのヒーローらしい活動。気合の入った声でアールは返事をする。アールはロッカーからヒーロースーツを取り出し急いで着替える。ヒーローにも昔は本部があり、怪人が現れる度五人組で出動していた。しかし近年、科学技術の発達によるヒーロー一人の戦闘能力の向上、また人手不足の煽りを受け、こうして自宅から一人で現場へ向かう形となった。一応扱いは公務員であるのだが、人気は高いどころかむしろ低い。
「よし、行くぞ」
アールはこれから起こることに気合を入れ家からでる。刹那、喧騒がアールを包む。目に映るのはたくさんの人と、「ヒーロー制反対」と書かれた多数のプラカード。所謂ヒーローに対するデモだ。
「ヒーロー制はんたーい」
「悪しきヒーロー文化を許すなー」
「怪人にだって命はあるぞー」
そんな罵詈雑言を背にアールは特別配送車に乗り込み、サイレンを鳴らす。
「よかった。今日はいなくて」
たまに行き過ぎたデモ活動者が配送車の発進を邪魔しようとしてくることがあるが今日はいないようだ。
A市郊外まで少しある。アールは憂鬱な気分を少しでも紛らわそうとラジオをつける。
「えー、次はですね。怪人でありながら著名な親人派である~さんに今話題のヒーローについてですね」
そこでアールはラジオを切る。どうせまたヒーロについての批判だ。
「なんでみんな、ヒーローを批判するんだろうな」
アールは一度怪人に殺されかけた。その時にヒーローが助けてくれたおかげでアールは生きている。だからこそアールはヒーローになろうと思えたし、今もこうして続けられている。
もともとヒーローという職業は昔から存在している。ヒーローは今とは違い怪人による人間世界の侵略から守る民衆の憧れであった。
そんな状況近年大きく変わり始めた。理由は。少し前まで人類の憎き敵であったはずの怪人が今では様々なメディアに出演をし、注目を集めている。
しかしそんな怪人も一部である。未だに多くの怪人は人間を襲っている。なのにメディアは怪人の友好化ばかり報じ、民衆の大多数がほとんどの怪人が友好的だと勘違いしてしまっている。
民衆は知らない。なぜ怪人の凶悪事件が年々減っているか。なぜそんな平和ボケしたことを大声で言えるのか。
それは決して怪人の友好化などではない。
僕たち、僕たちヒーローのおかげなのに…
なのに、なぜ自分達が犯罪者のように扱われるのだろう。ヒーローは怪人と戦うだけではない。災害の時には救助活動だってしている。なのに彼らはそれを平然と無視する。まるでそれがなかったかのように。
もうこのまま命令を無視しようか。
アールはあまりの憂鬱さにそう思う。しかしそれでも決してそんなことはしない。
アールは知っているからだ。人間は本当は、賢く、温かい生き物だと。


「A市の郊外に送った怪人がやられました」
「そうか。でもまあいい。怪人などいくらでも作れる」
伝えられたのは下っ端の死。しかしそれは計算内。わざわざ人目につかない郊外に怪人を送ったのだ、これでメディアも情報を改竄しやすいだろう。
今やメディアや企業にも怪人の力は及んでいる。元はといえばデモ活動も人間に化けた怪人にやらせていたのだが大成功。見事お花畑を一本釣りすることができた。
「しっかしなんで人間てあそこまで他のやつに干渉してくれるんすかねえ」
幹部の一人が尋ねる。
「そんなの愚問だよ。自意識過剰だからさ」
「自意識過剰?」
「ああ自意識過剰さ。人間は優しいから弱者を助けるのではない。弱者に手を差し伸べる自分に惚れ惚れしているなさ」
「うーん。そんなもんなんすかねえ」
あの人間どもは知らない。なぜ、我々が人間ごときにに笑顔を振りまくか。なぜお前らが平和ボケしているのか。
それは決して怪人の友好化などではない。
「まあ後は、不安なんだろうな。なにかをしていないと気が済まんのだろうな。自分の正義感によって誰かが犠牲になっているとも考えずに...」
怪人は遠くに見える人間たちの笑顔を見た後「人間は優しいのでは」というあらぬ考えが浮かぶが即座に否定する。
なぜなら怪人は知っているからだ。人間は実際愚かで、冷たい生き物だと。


その後の人類がどうなったかはご想像にお任せしよう。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

本物の夫は愛人に夢中なので、影武者とだけ愛し合います

こじまき
恋愛
幼い頃から許嫁だった王太子ヴァレリアンと結婚した公爵令嬢ディアーヌ。しかしヴァレリアンは身分の低い男爵令嬢に夢中で、初夜をすっぽかしてしまう。代わりに寝室にいたのは、彼そっくりの影武者…生まれたときに存在を消された双子の弟ルイだった。 ※「小説家になろう」にも投稿しています

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

双子の姉がなりすまして婚約者の寝てる部屋に忍び込んだ

海林檎
恋愛
昔から人のものを欲しがる癖のある双子姉が私の婚約者が寝泊まりしている部屋に忍びこんだらしい。 あぁ、大丈夫よ。 だって彼私の部屋にいるもん。 部屋からしばらくすると妹の叫び声が聞こえてきた。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして

みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。 きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。 私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。 だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。 なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて? 全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです! ※「小説家になろう」様にも掲載しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...