双子西遊記 ~愛と教えの物語~

猩々

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第17話 三蔵の恋

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 旅を続ける一行の前に、奇妙な妖怪が現れた。
 三人は、三蔵を守ろうと身構える。

「妖怪が坊主を守っているとは面白い。
 おまえ達にいいものを聞かせてやろう!」

 妖怪は不気味に笑いながら、特殊な妖術を放った。人間の心の声を周囲に漏らしてしまう術である。

「この術で仲間同士を争わせ、最後は坊主の肉を頂くのだ!」

 妖怪の狙いは三蔵の肉だった。美しい高僧の肉は最高のごちそうなのだ。

 敵妖怪は、人間である三蔵が猪八戒、沙悟浄、孫悟空を憎んでいると思い込んでいた。仲間割れを狙っての攻撃だった。
 しかし、術にかかった三蔵の心からは、予想とは全く違う声が漏れ出してきた。

『八戒先生はいつも優しく丁寧に教えてくださって、本当にありがたいです。僕も先生のような、素敵な大人になりたいです』

『悟浄先生の説明はとても分かりやすくて、勉強が楽しいです。早く次のお話を聞きたくて、待ちきれません』

『悟空は僕を本当に大切にしてくれて...本当のお父様のように慕っております。悟空がいなかったら、僕はここまで来られませんでした。いつか恩返しがしたいです』

「え、これ…僕の心の声?!」

三蔵は驚いている。

 三蔵の心は、猪八戒と沙悟浄への尊敬と感謝、孫悟空への愛でいっぱいだった。純真無垢な三蔵には、仲間への悪意などかけらもないのである。

 それを聞いた三人は、思わず顔が緩んでしまう。

「三蔵...」

 孫悟空が嬉しそうにつぶやく。

「私たちのことをそんなふうに...」

 猪八戒も感動していた。

「可愛い奴だな」

 沙悟浄も微笑んでいる。

 三人の三蔵への好意は、ますます深まっていった。

「馬鹿な!なぜ憎しみが聞こえてこない!」

 焦った敵妖怪は、さらに妖術の出力を上げた。すると、三蔵の心の奥深くに隠された本音まで暴かれてしまう。

『悟空が好きです…お父様としてだけじゃなくて』

『悟空のお嫁さんになって、生涯をともに過ごしたいです』

『この旅が終わらなければいいのに。悟空のそばで、ずっと一緒にいたいです』

 なんと、三蔵の隠された恋心が、皆に知られてしまった。あまりに純粋でかわいらしい願望に、猪八戒と沙悟浄は思わず目尻を下げた。

 それを聞いた孫悟空は、胸が締め付けられるような強い喜びを感じた。心が躍るような幸福感に包まれる。

 しかし、喜びと同時に、強い恐怖が心を支配した。

 三蔵はこんなにも純粋に自分を愛してくれている。過去を知らない、今の自分だけを見て愛してくれている。

 もし三蔵が真実を知ったら...

 花果山で繰り広げた血なまぐさい宴。力で屈服させた数多の妖怪たち。美しい女妖怪を侍らせ、飽きれば捨てた過去。天界で暴れ回り、無数の天兵を傷つけた記憶。

 そんな自分の本当の姿を知ったら、三蔵は恐怖で震え上がるだろう。もう二度と、あの純粋な瞳で自分を見てくれなくなるかもしれない。

『お父様のように慕っております』
 三蔵の想いが、今となっては孫悟空を苦しめた。父親などではない。自分は血にまみれた犯罪者だ。

 一方、三蔵は真っ赤になってパニック状態だった。

「ち、違います!僕は...僕は...」

 恥ずかしさのあまり、三蔵は泣きながら逃げ出してしまった。

「三蔵!」

 慌てて孫悟空が追いかける。

 沙悟浄と猪八戒は、ほっこりとした気持ちになりながらも、三蔵を傷つけた敵妖怪に対して怒りの眼差しを向けた。

「三蔵様の恋心を弄ぶとは」

「許せんな」

 二人は敵妖怪を徹底的に打ちのめした。

 その頃、孫悟空は三蔵を追いかけて森の奥で見つけていた。

「悟空...聞きましたね」

 三蔵は木陰に隠れて泣いていた。

「ああ、聞いた」

 孫悟空は正直に答えた。

「俺も同じ気持ちだ」

「え...?」

 三蔵が驚いて顔を上げる。

「俺も、お前ともっと一緒にいたい。お前が俺を想ってくれていることが、こんなに嬉しいなんて思わなかった」

 孫悟空は三蔵を優しく抱きしめた。

 しかし、心の奥底では恐怖が渦巻いていた。この幸せはいつまで続くのだろうか。いつか三蔵が真実を知る日が来るのではないか。

「でも、俺は...」

 孫悟空の声に苦悩が混じった。言いかけて、やめた。今はまだ、真実を告げる勇気が出ない。

「何でもない」

 孫悟空は三蔵をより強く抱きしめた。この温かさを失いたくない。この純粋な愛を手放したくない。

「何も言わなくていい。今はこれだけで十分だ」

 三蔵の頬に涙が流れていたが、それは恥ずかしさからではなく、嬉しさからの涙だった。

 しかし、孫悟空の心には暗い影が残り続けた。いつか来るであろう、その日への恐怖が。

 三蔵の純粋さが愛おしければ愛おしいほど、自分の汚れた過去が重くのしかかってくる。

 この愛は、真実を知られた時に終わってしまうのだろうか。

 孫悟空は三蔵を抱きしめながら、そんな不安に震えていた。

 その夜、猪八戒は一人で月を見上げていた。健康的に育ち、年相応に恋をする三蔵の姿を見て、安仁《アンジン》と重ね合わせてしまう。

 安仁の現状を思うと、心が締めつけられた。同じ年頃の少女が、病と責任に苦しんでいる。それに比べて、三蔵はなんて自由で幸せなのだろう。

「どうした?」

 沙悟浄が隣に座った。猪八戒の複雑な心境に気づいていた。

「安仁様のことを考えていました」

「...そうだな。三蔵を見ていると、あの子を思い出してしまう」

「もし安仁様も、三蔵様のように自由に恋ができたら...」

 猪八戒の声は沈んでいた。

「大丈夫だ。俺たちが必ず里を救う。そして、安仁にも幸せになってもらう」

 沙悟浄の力強い言葉に、猪八戒は少し元気を取り戻した。

 遠い里で、安仁は今頃何を思っているのだろうか。

 月が子ども達を優しく照らしていた。
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