双子西遊記 ~愛と教えの物語~

猩々

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第25話 三蔵の主権者教育

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 鬼の里を出て数日後、三蔵一行はある村に立ち寄った。

 その村は、ひどく荒れていた。

「役人が税を搾り取るんです」

 村人が、諦めたような顔で言った。

「収穫の半分以上を持っていく。子供たちは飢えています」

「それは酷い……」

 三蔵は、心を痛めた。

「でも、僕にできることは……」

 三蔵は、村人に食べ物を分け、子供たちに優しい言葉をかけた。

 しかし、できることはそれだけだった。

 村を出た後、三蔵は沈んだ表情をしていた。

「三蔵様、どうされましたか」

 猪八戒が心配そうに尋ねた。

「僕は……何もできなかった」

 三蔵は、うつむいた。

「あの村の問題は、僕一人では解決できない。腐敗した役人、不公平な税制、貧困――大きすぎる問題です。僕にできるのは、目の前の人に少し優しくすることだけ……」

 それから数日後、三蔵たちは大きな町に着いた。

 町の中心部では、裕福な商人たちが贅沢な暮らしをしている。

 一方、町外れでは、貧しい人々が物乞いをしていた。

「この格差は……」

 三蔵は、胸が痛んだ。

 ある日、広場で公開処刑が行われようとしていた。

「あの人は、何をしたのですか」

 三蔵が尋ねると、町人が答えた。

「盗みです。空腹のあまり、パンを一つ盗んだとか」

 三蔵は、愕然とした。幼少時の経験から、空腹の辛さは身にしみて理解できた。

「これが法です」

 町人は、淡々と言った。

「私たちには、どうすることもできません」

 三蔵は、処刑人に駆け寄った。

「待ってください!この人の罪は、死に値するものですか?」

「法で決まっています」

 処刑人は、冷たく答えた。

「法師といえど、口出しはできません」

 三蔵は、その場に立ち尽くすしかなかった。

 その夜、宿で三蔵は一人思い悩んでいた。
 安仁の、長としての堂々たる姿に対して、自分のいかにちっぽけなことか。
 ーー僕は民に何もしてあげられない。
 三蔵は、強烈な無力感にうちひしがれていた。

 その時、孫悟空たち三人が、三蔵の部屋を訪れた。

「三蔵、話がある」

 孫悟空が言った。

「お前は、自分に力がないと思っているな」

「……はい」

 三蔵は、正直に答えた。

「僕はただの僧侶です。社会の問題を変える力なんて、ありません」

「それは違う」

 沙悟浄が、きっぱりと言った。

「お前には、力がある」

「三蔵様」

 猪八戒が、丁寧に説明し始めた。

「あなたは、ただの『民』ではありません。社会を構成する『主権者』なのです」

「主権者……?」

「そうです。社会のあり方を決める権利を持つ者、という意味です」

 猪八戒は続けた。

「確かに、一人の力は小さいかもしれません。でも、多くの主権者が声を上げれば、社会は変わります」

「まず、声を上げることだ」

 沙悟浄が言う。

「今日の処刑――お前は反対したな。それが第一歩だ」

「でも、何も変わりませんでした……」

「一度では変わらない。諦めずに声を上げ続ければ、いつか届く。それに、お前一人じゃない」

 孫悟空が付け加えた。

「今日、広場にいた町人の中にも、お前と同じように思った者がいるはずだ。その者たちと力を合わせれば、もっと大きな声になる」

「それから、知ることも大切です」

 猪八戒が続けた。

「社会の問題について、正しい情報を知る。なぜ格差が生まれるのか、なぜ法が不公平なのか――その仕組みを理解する。理解すれば、何を変えるべきか分かります」

 三蔵は、真剣に聞いている。

「そして、その情報を広めることです」

 猪八戒は力強く言った。

「あなたは僧侶として、多くの人に話を聞いてもらえる立場です。その影響力を、社会を良くするために使うべきなのです」

「でも、声を上げるだけで、制度は変わるのですか」

 三蔵が疑問を口にした。

「変わる」

 沙悟浄が断言した。

「歴史を見ろ。多くの改革は、民の声から始まった。為政者も、民の声を無視し続けることはできない。特に、多くの民が同じことを求めれば、変えざるを得なくなる」

 孫悟空が付け加えた。

「それに、お前は僧侶だ。為政者と話せる立場にいる。直接、不公平な法を変えるよう提言することもできる」

「でも……」

 三蔵は、まだ不安そうだった。

 ーー僕一人の行動で、本当に変わるのでしょうか

 数日後、三蔵は町で弥龍ミリュウと再会した。

「玄奘!」

 弥龍は、嬉しそうに微笑んだ。鬼の保護について、三蔵と手紙でやり取りを続けていたのだった。

「お兄様……」

 三蔵は、弥龍に今までの出来事を話した。

「そうか……君は、社会の不条理に気づいたんだな」

 弥龍は、優しく微笑んだ。

「僕は国師として、為政者に助言する立場にいる。君の見てきたこと、感じたこと――それを教えてくれ」

「民の声を、僕が朝廷に届ける」

 三蔵の目が、輝いた。

「本当ですか、お兄様!」

「ああ。君は、社会を変える力を持っている。僧侶として、民の苦しみを見て、その声を届ける――それが、君にできることだ」

 三蔵は、その日から変わった。

 旅先で見た問題を、丁寧に記録するようになった。

 村人や町人と話し、彼らの声を聞いた。

 そして、為政者に会う機会があれば、それを伝えた。

「この村では、税が重すぎます」

「この町では、法が不公平です」

「貧しい人々が、苦しんでいます」

 最初は、聞き流す為政者もいた。

 でも、三蔵は諦めなかった。

 何度も、何度も、訴え続けた。

 ある時、三蔵が以前訪れた村の出身の民と再会した。

「法師様!」

 村人が、嬉しそうに駆け寄ってきた。

「税が軽減されました!」

「本当ですか!」

 三蔵は、驚いた。

「はい。あなたが朝廷に訴えてくださったと聞きました。弥龍様が、私たちの声を届けてくださったのです」

 村人の目には、涙が浮かんでいた。

「ありがとうございます、法師様」

 三蔵は、胸が熱くなった。

 変えられた。

 小さなことかもしれないが、確かに変えられた。

「三蔵様、良かったですね」

 猪八戒が、微笑んだ。

「これが、主権者としての力です」

「僕一人では、何もできなかった……」

 三蔵は、感慨深げに言った。

「でも、皆の力を借りて、少しだけ社会を変えることができた」

「その通りだ」

 沙悟浄が頷いた。

「一人では小さな力でも、多くの人が協力すれば大きな力になる」

 孫悟空が、三蔵の頭を撫でた。

「お前は、もう『何もできない』なんて言わないだろう」

「はい」

 三蔵は、力強く頷いた。

「しかし、終わりではないぞ」

 沙悟浄が、釘を刺した。

「一つの問題が解決しても、また新しい問題が出てくる。主権者であることは、一生続く責任だ」

「分かっています」

 三蔵は、真剣な表情で答えた。

「これからも、見続けます。聞き続けます。そして、声を上げ続けます」

「それに、いつか――」

 三蔵は、遠くを見つめた。

「僕が天竺から持ち帰る教えは、人々を救うものになるはずです。それも、社会を良くする一つの方法だと思います」

 月が昇り始めていた。

 新しい世代が、新しい社会を作り始める――。

 そんな希望に満ちた夜だった。
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