【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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14 託児室のボランティア

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 託児室のボランティアは、夏休み中に希望者が数人ずつ参加する形で行われた。市の管轄で、平日の昼間に少しだけ息抜きをしたり、小さな子どもを連れていけない美容院や病院に行きたい母親や父親が予約をして預けにくる場所で、大変な人気があるらしい。値段も、公的な補助金が出ているため、一時間三百円と破格の設定である。
 二人の保育士が常駐しているのだが、二人では預かれる人数に限りがあるため、予約を取るのが難しいほどになっているそうだ。夏休みは、普段は幼稚園に通っている上の子と下の子をまとめて見てほしいという要望もあり、近くにある短大の幼児教育学科の学生たちの手伝いはとても助かる、と喜んでもらっていた。大学側も、実際に小さな子どもたちに触れ合える機会が少ないままに育った学生たちが本物に触れ合える機会ということで、積極的な参加を推奨している。
 特別に指導されたりすることはないが、現場を体験できる良い機会だった。

「村瀬くん、久しぶり」

 明るい笑顔を向けられて、ああ、と一太は思った。松島くんに会えて嬉しい。

「久しぶり」

 笑顔で答えながら、ボランティアの日にちを合わせて良かったなあ、と思う。

「おはようございます。今日はお世話になります」

 二人で挨拶をすれば、託児室に居た四十代くらいに見える保育士が、あら、と言った。ちゃきちゃきした雰囲気の人だった。

「男の子だ、珍しい。こちらこそよろしくね。私は守岡もりおか優子ゆうこです。優子先生って呼んで」
「おはよう。こちらこそお世話になります。西町にしまち昌江まさえです。昌江先生です」

 もう一人の保育士、昌江先生も五十歳になっているかいないかといった年齢に見える。のんびりした雰囲気の人だった。
 
「あ、松島まつしまあきらです」
村瀬むらせ一太いちたです」

 名乗って頭を下げれば、

あきら先生と一太先生ね。はい、これ名札」

 白い大きめのシールに、青いマジックで、それぞれの名前をひらがなで書いて渡される。

「エプロンの胸に貼っておいて。保護者の方は保育者の名前が分かると安心だし、私たちも呼ぶときに間違えなくて済むから」
「はい」

 と、答えて急いでエプロンを身に付けた。胸に、あきら、いちた、と書かれたシールを貼ると、背筋が伸びる気がした。

あきら先生だって」

 一太が松島を見上げてくすくす笑えば、

「何だよ、一太先生」

 と、返ってくる。
 夏休みに入ってから、バイト先のコンビニで客を相手のせりふくらいしか話していなかった一太は、それだけで嬉しくてたまらなかった。

「今日はね、九時からいきなり六人来るよー。乳児さん三人と一歳が一人、二歳が二人ね。二時間で二人抜けて、またその時間から二人来るからずっと六人だわ。ちょっとしんどいかもしれないけど、一時まで頑張りましょう」
「はい」

 返事をしながら、緊張してきた。面倒を見ていた弟が小さかったのはだいぶ前だし、児童養護施設にいた頃に小さな子たちのお世話をしていたのは更にその前だ。赤ちゃんのお世話は久しぶりで不安になる。一学期に大学で習った保育の内容を思い出しながら一太は深呼吸をした。大丈夫。何となく覚えている。

「僕、赤ちゃんを抱いたことないんだよね」 

 隣から松島の頼りない声が聞こえて、なるべく松島くんのフォローもしてあげようと、一太は気合いを入れ直した。
 そして、あっという間に預かりの時間が来た。

「いーやー。マーマー!」
「みうちゃん、ごめんね。ママご用事があるんだ。ちょっとここで待ってて」
「いーやー!」
「大丈夫ですよー。みうちゃん、先生とお留守番してようか。いってらっしゃーい」

 優子先生が二歳のみうちゃんを笑顔で羽交い締めしている。みうちゃんは、ちっとも大丈夫では無さそうだが、大丈夫らしい。
 うーん、すごい。笑顔なのに、暴れるみうちゃんが部屋から出ていかないように見事に拘束している。

「あ、けいとくん?  おはよう。六ヶ月さんだったね。わあ、しっかりしてるねえ。ミルクは飲んできた?  はい。はい、了解です。一太先生、けいとくんを抱っこしてくれる? うん、上手」
「一応ミルクは持ってきました。哺乳瓶嫌がるんですけど、どうしてもお腹が空いたら飲むと思うので」
「はーい。お湯も水筒に入れてくれてるんですね。了解です」

 優子先生はぐすぐすと泣くみうちゃんを抱えたまま、次の子どもと母親に笑顔で対応する。昌江先生は同じように笑顔で、母親から受け取った荷物と子どもたちの背中に名前を書いたシールを貼り付けて、荷物の中身の説明を聞いている。お母さんたちが書いてくれた子どもの本日の様子の用紙にもさっと目を通して、黒板に貼っていった。手早いなあ、と一太は感心してしまう。
 ずっしりとした抱き心地のけいとくんは、まだ人見知り前らしい。一太が母親から受け取って抱いても泣きもせずに、じいっと一太の顔を観察していた。
 うーん、可愛い。

「わ、今日は男の先生がいらっしゃるんですね」
「そうなの、二人ともイケメンでしょ。一太先生とあきら先生。みうちゃん、あきら先生に遊んでもらう?  おもちゃ色々あるよ、見てきて」
「いや」
「うんうん、いやよねえ。あ、優子先生がいい?  優子先生と一緒にいようか」
「いや」
「うんうん。あ、あきら先生、預かったお荷物、あちらに置いておいてくれる?  そうそう、かごの中。あ、うみちゃん、おはよう。もう遊ぶ?  あきら先生、うみちゃん行きましたよー」
「はい」

 松島が大急ぎで預かった荷物をかごにまとめて、さっさとサンダルを自分で脱いで託児室へ入っていった二歳のうみちゃんを追いかけた。とても緊張している。
 笑顔忘れてるぞ、って言ってやらなきゃ。
 一太がけいとくんを抱いて松島に近寄ろうとすると、大泣きの声が響き渡った。

「うわああああぁ」
「はーい、しゅんくん。また来てくれたの? 先生、嬉しいな。お母さん、何か心配なこととかありますか?」
「ぎぃゃああぁ」

 いや、心配なことしかないけど。

「あの、私の服とかハンカチとかタオルとか、お気に入りのタオルケットと本人の上着と普段の玩具と色々詰めてきました。すみません、お願いします」

 一歳のしゅんくんのお母さんは、一泊旅行ができそうな鞄にしゅんくんお気に入りの品を、これでもかと詰め込んで来たらしい。

「ああ、しゅんくん、いいねえ。たくさんだねえ。お気に入りのタオルケットがあるんですね、分かりましたー。じゃあ、お母さん、いってらっしゃーい」

 昌江先生が、自分の荷物を抱えて泣きわめくしゅんくんを少し出入り口から奥に押しやり、流れるように靴と靴下を脱がす。
 ぎゃあぎゃあと泣き続けるしゅんくんは、荷物を漁って膝の上に積み上げていく。

「なんか、すごいな」
「うん」
あきら先生、ちょっと来てー。とものりくん抱っこしてあげてー」
「あ、はい」

 慣れた様子でブロックの玩具を引っ張り出して組み立てているうみちゃんを二人で見ていると、優子先生からの呼び出しが来た。

あきら先生。笑顔、笑顔」

 一太の声に引きつったような笑顔を見せて、松島が出入り口に向かう。
 大学では、どんな授業も余裕でこなしている松島の焦る様子が何となくおかしくて、一太はけいとくんをぎゅっと抱き締めながらうみちゃんの横に座った。
 ああ、可愛い。
 出入り口では、更に二人分の泣き声が加わった。
 朝の予約の子どもたちが揃ったらしい。
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