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82 ◇どれだけ愛されているのか気付いた日
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交番を出てタクシーに乗せる頃には、一太の顔色は真っ白になっていた。
「いっちゃん。痛む?」
「ちょっとだけ」
晃の方を向いてそう言う声にも力はなく、これは相当痛いな、と分かった。大丈夫、と言わなくなっただけ、ましか。
部屋に入った後、痛み止めの薬を渡すと、一太は大人しく飲んだ。薬嫌いの一太が、たかが痛み止めの薬を大人しく飲むのだ。痛みをかなり、我慢していたのだろう。ベッドに横になるように言ってみると、一太は大人しく体を横にした。あまりに素直で、晃はより心配になり、ベッド横にしゃがんで一太の頭を撫でた。それにも一太は、特に反応を返すことなく受け入れていた。
やがて強ばった顔のままの一太の、寝息が聞こえ始める。白かった頬に少し赤味が差して、晃はほっと息を吐いた。
「寝たか」
「昼ご飯を食べてから、と思ったんだけど、とても食べられそうに無かったから」
「そうだな」
部屋に入るなり小さな座卓にパソコンを置き、何やら仕事をしていた父が、晃に静かな声を掛けた。それから、一太の顔を見て、ふ、と眉をしかめる。
「熱があるんじゃないか?」
「あ」
頬に赤味が差してきたのは、そういうことか。
白いより赤い方がいいと思ったが、発熱しているのなら話は別だ。晃は、慌てて体温計を一太のおでこに翳してボタンを押した。すぐにピピ、と音がして体温を示す画面が赤くなる。平熱なら緑色に光るはずなので、数字を見るまでもなく発熱しているのが分かった。
「しんどいのに、頑張ったね」
「ああ」
晃は、携帯電話を手にして立ち上がった。
「いっちゃんの仕事は休みにしてもらう。僕も休めないか聞いてみる。二日連続で申し訳ないけど」
「……ああ」
父が、何だか感心したような顔で自分を見ていることに首を傾げながら、晃は洗面所で一人になり、アルバイト先のスーパーに電話を掛けた。昨日の時点で事件については説明してあったので、店長は一太の怪我の具合を心配していた。晃は、見えていないのにペコペコと頭を下げながら、一太が発熱したことを告げ、二人とももう一日休ませてほしい、と口にする。弱っている一太を一人にしたくなくて無理を言っている自覚はあった。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
こちらは何とかするから明日も休みなさい、と温かい言葉をもらって、晃は最後にもう一度頭を下げる。
洗面所から出ると、自然と父にも頭が下がった。
「父さん。来てくれてありがとう。仕事、休ませてしまってごめん」
「息子たちの事件より重要な事件なんて、この世にないさ」
「うん。ありがとう」
仕事を休むのがどれだけ大変なことか、今の晃にはよく分かっているから。アルバイトの晃や一太でさえ、いなくては大変なはずだ。休んでいいと優しく言ってくれた店長だけれど、本当はとんでもなく忙しいことになっていると分かっている。自分だけでも仕事に行った方がいいのか、と思ったり、苦しそうな一太を放っておきたくないと思ったり、気持ちは落ち着かない。
アルバイトの晃でさえそうなのだ。父は、父でないとできないたくさんの仕事を抱えていることだろう。なのに、すぐに駆け付けてくれた。それも、晃が主役ではない事件、友人が危険だという理由で。
父に、愛されていることを知った。わからない訳が無い。こんなにも、行動で示してくれた。
この人の息子で良かった、と晃は心の底から思った。
「昼ご飯を、一緒に食べて帰るかな。何か注文して届けてもらおう」
「うん。いっちゃんには後で、雑炊を作るよ」
「ふふ。お前の作る雑炊で大丈夫か?」
「雑炊の素と卵とご飯を混ぜて煮るだけだから、失敗のしようがないって」
「はは。美味しくできていたか、一太くんにまた聞いてみよう」
「うわ、信用ないなあ」
たわいもない話をしながら、晃はずっと笑顔だった。
愛されていることが、嬉しかった。自分が大切に思っている人を、同じように大切に思ってくれたことが嬉しかった。
父の話の先にも、一太がいることが嬉しかった。
「いっちゃん。痛む?」
「ちょっとだけ」
晃の方を向いてそう言う声にも力はなく、これは相当痛いな、と分かった。大丈夫、と言わなくなっただけ、ましか。
部屋に入った後、痛み止めの薬を渡すと、一太は大人しく飲んだ。薬嫌いの一太が、たかが痛み止めの薬を大人しく飲むのだ。痛みをかなり、我慢していたのだろう。ベッドに横になるように言ってみると、一太は大人しく体を横にした。あまりに素直で、晃はより心配になり、ベッド横にしゃがんで一太の頭を撫でた。それにも一太は、特に反応を返すことなく受け入れていた。
やがて強ばった顔のままの一太の、寝息が聞こえ始める。白かった頬に少し赤味が差して、晃はほっと息を吐いた。
「寝たか」
「昼ご飯を食べてから、と思ったんだけど、とても食べられそうに無かったから」
「そうだな」
部屋に入るなり小さな座卓にパソコンを置き、何やら仕事をしていた父が、晃に静かな声を掛けた。それから、一太の顔を見て、ふ、と眉をしかめる。
「熱があるんじゃないか?」
「あ」
頬に赤味が差してきたのは、そういうことか。
白いより赤い方がいいと思ったが、発熱しているのなら話は別だ。晃は、慌てて体温計を一太のおでこに翳してボタンを押した。すぐにピピ、と音がして体温を示す画面が赤くなる。平熱なら緑色に光るはずなので、数字を見るまでもなく発熱しているのが分かった。
「しんどいのに、頑張ったね」
「ああ」
晃は、携帯電話を手にして立ち上がった。
「いっちゃんの仕事は休みにしてもらう。僕も休めないか聞いてみる。二日連続で申し訳ないけど」
「……ああ」
父が、何だか感心したような顔で自分を見ていることに首を傾げながら、晃は洗面所で一人になり、アルバイト先のスーパーに電話を掛けた。昨日の時点で事件については説明してあったので、店長は一太の怪我の具合を心配していた。晃は、見えていないのにペコペコと頭を下げながら、一太が発熱したことを告げ、二人とももう一日休ませてほしい、と口にする。弱っている一太を一人にしたくなくて無理を言っている自覚はあった。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
こちらは何とかするから明日も休みなさい、と温かい言葉をもらって、晃は最後にもう一度頭を下げる。
洗面所から出ると、自然と父にも頭が下がった。
「父さん。来てくれてありがとう。仕事、休ませてしまってごめん」
「息子たちの事件より重要な事件なんて、この世にないさ」
「うん。ありがとう」
仕事を休むのがどれだけ大変なことか、今の晃にはよく分かっているから。アルバイトの晃や一太でさえ、いなくては大変なはずだ。休んでいいと優しく言ってくれた店長だけれど、本当はとんでもなく忙しいことになっていると分かっている。自分だけでも仕事に行った方がいいのか、と思ったり、苦しそうな一太を放っておきたくないと思ったり、気持ちは落ち着かない。
アルバイトの晃でさえそうなのだ。父は、父でないとできないたくさんの仕事を抱えていることだろう。なのに、すぐに駆け付けてくれた。それも、晃が主役ではない事件、友人が危険だという理由で。
父に、愛されていることを知った。わからない訳が無い。こんなにも、行動で示してくれた。
この人の息子で良かった、と晃は心の底から思った。
「昼ご飯を、一緒に食べて帰るかな。何か注文して届けてもらおう」
「うん。いっちゃんには後で、雑炊を作るよ」
「ふふ。お前の作る雑炊で大丈夫か?」
「雑炊の素と卵とご飯を混ぜて煮るだけだから、失敗のしようがないって」
「はは。美味しくできていたか、一太くんにまた聞いてみよう」
「うわ、信用ないなあ」
たわいもない話をしながら、晃はずっと笑顔だった。
愛されていることが、嬉しかった。自分が大切に思っている人を、同じように大切に思ってくれたことが嬉しかった。
父の話の先にも、一太がいることが嬉しかった。
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