【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

文字の大きさ
85 / 252

85 そういうもの

しおりを挟む
 一太は、あまり楽しくない夢を見ていた。疲れていれば、夢なんて見ずにただ眠れるのに、まだ身体に余裕があるから、こんな夢を見てしまう。
 でも、目を覚ましたら、幸せに包まれていて飛び上がってしまった。
 人の温もり。それも、大好きな人の温もりに包まれていたのだ。それこそ、こちらが夢かもしれない。慌てて離れようとしたら、更にぎゅうう、と抱きしめられて目を白黒させた。

「あの。あの、晃くん?」
「おはよ、いっちゃん」
「あの。あの、何で?」
「いっちゃんが、ぎゅって抱っこしてって言ってたから」
「お、俺が?」
「うん。だから、ぎゅって抱っこしてた」

 あっさり言われて、力が抜けた。晃にもたれ掛かる形になった体を、よしよしと撫でられて一太は喜びを噛みしめる。
 いいのかもしれない。
 晃くんになら、いいのかもしれない。こうして、くっついて、腕を回してみても、いいのかもしれない。
 一太は、おずおずと腕を上げて、晃の背中に手を回した。
 うわあ。
 気持ちいい。
 どうしよう、どうしよう、これ。気持ちいい。気持ちいい! ずっとこうしていたい!
 少しして、晃が体を離した時、一太は思わず、あ、と残念そうな声を上げてしまった。

「いつでも、ぎゅって抱っこしてあげる。でも今は、ご飯食べよ」
「ご飯......」

 言われると、一太のお腹が、ぎゅるると鳴った。昼だけでなく今朝も、殴られた箇所が痛くて、ろくろく食べていない。痛み止めを飲んで寝たのが効いたのか、痛みはだいぶ薄れていて、急にお腹が空いてきた。

「晃くんは?」
「僕は、父さんともう食べたよ」
「あ。誠さんは......?」
「昼ごはんを食べて帰った。いっちゃんに、ゆっくり休むようにって言っておいてって」
「あ......」

 忙しいのに来てくれたから。きちんとお礼も言えず、本当に申し訳ない、と項垂れる一太の顔を両手で挟んで持ち上げて、晃はにっこり笑った。

「いいんだよ。甘えられる時には甘えておこう」
「でも......」
「そういうものなんだよ」
「そういうもの......」
「うん。親って、そういうものみたいだ」

 親って、そういうもの......?

「でも、俺の親じゃない」
「いいんだよ。父さんが、いっちゃんのために動きたかったんだから」
「............」

 今はまだ、本当にそれでいいのか分からない。そのうち、対価を要求されるのかもしれない。対価も無しに得られるものなど、何も無いのだから。
 でも。
 今は、こうして助けてもらえたことを、素直に喜ぼう。例えこの幸せが今だけだったとしても、それでいい。
 それでいいと思えるくらい、一太は今、幸せだった。
しおりを挟む
感想 681

あなたにおすすめの小説

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

【完結】言えない言葉

未希かずは(Miki)
BL
 双子の弟・水瀬碧依は、明るい兄・翼と比べられ、自信がない引っ込み思案な大学生。  同じゼミの気さくで眩しい如月大和に密かに恋するが、話しかける勇気はない。  ある日、碧依は兄になりすまし、本屋のバイトで大和に近づく大胆な計画を立てる。  兄の笑顔で大和と心を通わせる碧依だが、嘘の自分に葛藤し……。  すれ違いを経て本当の想いを伝える、切なく甘い青春BLストーリー。 第1回青春BLカップ参加作品です。 1章 「出会い」が長くなってしまったので、前後編に分けました。 2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)

ちっちゃな婚約者に婚約破棄されたので気が触れた振りをして近衛騎士に告白してみた

BL
第3王子の俺(5歳)を振ったのは同じく5歳の隣国のお姫様。 「だって、お義兄様の方がずっと素敵なんですもの!」 俺は彼女を応援しつつ、ここぞとばかりに片思いの相手、近衛騎士のナハトに告白するのだった……。

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

処理中です...