【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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125 良い子の元には……

 相変わらず早い時間に目を覚ました一太は、枕元に何か置いてあるのを見て首を傾げた。寝る前には無かったはずである。まだ外は暗く、カーテンも引かれているのでよく見えず、起き上がってそっと手に取ってみた。
 長方形の箱。横は二十センチ、縦は十五センチくらい? 幅は十センチもないくらいだろうか。それなりの重量感がある。
 目覚ましのアラームを鳴らす目的で枕元に置いてある携帯電話の画面を灯りにして照らしてみると、真っ赤な包装紙に、緑のクリスマスツリーや赤い服と白い髭のサンタクロース、トナカイの絵が描かれていた。

「…………」

 リボンは掛かっていないが、あきらかに分かりやすくプレゼントの包装である。しかもこれは、この一月ひとつき、アルバイト先のスーパーで散々見た、クリスマス用のものだ。最近入荷する菓子類は、普段と中味は同じなのに、パッケージがサンタやトナカイ、クリスマスツリーなどの絵を描いたポップなものに変わっている商品が多かった。ヨーグルトや飲料も。
 店の中ではクリスマスソングばかりがかかっていて、早い時期から予約販売のクリスマスケーキを注文する人や、オードブルを注文する人がたくさんいた。真空パックしてあるケーキスポンジや生クリーム、割高の苺が、ここ数日、飛ぶように売れていた。
 一太は、クリスマスって随分大きな行事なんだなあ、と知った。
 そういえば十一月の末日。閉店後の仕事で、スーパーの入り口にクリスマスツリーを飾った帰り道、うちも飾る? と晃が聞いてきた。一太は首を傾げた。クリスマスは子どもの行事だから、大学生の一太たちには関係ないんじゃないか、と思ったからだ。
 反応の薄い一太に、まあいっか、と晃は言った。

「今、二人で大きいツリーを飾ったしね」
「楽しかった」
「うん。楽しい仕事だったね」

 二人で飾った大きなクリスマスツリーは、きらきらとライトが光って、とても綺麗だった。店に来る子ども達が喜んでくれたらいいな、と思った。そして、一太のクリスマスは終わったのだ。今日の夜には、閉店後に大急ぎであのクリスマスツリーを片付けて、お正月の飾りに変える仕事が待っている。
 そんな日の朝。
 一太の枕元にプレゼントの箱が置いてあった。
 どう見てもクリスマスのプレゼント、という箱が。
 これは、あれだ。
 良い子の元にはサンタさんが持って来てくれるというプレゼントだ。
 一太は、ぽかんと口を開けた。
 そんな馬鹿な。
 あれは子どもの所にしか来ないのだし、子どもの時にも、一太の所には一度も来なかった。
 良い子でないから一太の所にはサンタさんはこないのか、と弟ののぞむが母親に尋ねて、そうだよ、あいつの所には一生こない、と母親が答えているのを聞いた時は悲しかった。
 弟の所に寄るついでに寄るだけなのに、サンタさんがそれも出来ないほど、自分は何か悪いことをしただろうかと悩んで、そして思い出した。そうだ、お前が生まれたことが最悪だった、と母親に言われていたな。生まれたことが悪いことなら、一太にはもうどうしようも無い。
 少し年齢を重ねた後は、学校で、本当はお父さんやお母さんがサンタさんなのだと誰かが暴露している話を聞いて、それじゃあ来るわけが無い、と納得した。つまり、一太にプレゼントをくれるサンタクロースなど、始めから存在していなかったのだ。
 クリスマスとはそんな日だった。
 起きたら枕元にプレゼントがあるなんて、物語の中の出来事だと思って生きてきた。そんな一太には、そのプレゼントがどうにも現実味がない。
 けれど、ずっと重さを伝えてくれているそれは、確かに一太の手の中に存在していた。
 その重さに、やっと一太の頭が回り出す。
 サンタさんが、本当にはいないのなら。今、この家の中で一太の枕元にプレゼントを置けるのは一人だけ。
 一人だけだ。

「晃くん……」

 開けていいのかの判断もつかない一太は、上着を羽織るのも忘れてその箱を大切に抱え、ロフトを下りた。
 晃はまだ、ぐっすり眠っていた。あ、と一太は時計を見る。五時過ぎだった。徐々にたくさん眠れるようにはなってきたが、どうしても六時前には目が覚めてしまう。体に染みついた習慣、というか、寝坊などしたらどんな目にあうか分からない、という強迫観念は、なかなか一太から離れることが無かった。
 物音で晃を起こしたら申し訳ない、と六時までは布団でじっとしていることが多い。特に最近は寒いので、布団から抜け出すのも一苦労だった。折角なので湯たんぽを抱えて、布団の温かさを堪能している。
 湯たんぽと毛布は、晃の母、陽子から送られてきた物だ。家で余っていたから使ってね、とのことだったので、ありがたく受け取った。お陰で一太は、寒さに震えることなく、朝までぐっすりと眠ることができている。こんなにのんびりした毎日を送っているのに、寝つきはあっという間だった。
 倒れ込んで意識をなくし、寒さに震えて起きていた日々が、嘘みたいだ。
 とりあえず、プレゼントの箱を座卓に置いて、当然のように洗濯機の置いてある洗面室を開ける。寝る前まで暖房を付けていた居間よりもっと冷えた場所で、せっせと洗濯物を洗濯機の中に入れた。
 上着も湯たんぽも、自分の部屋であるロフトに置いてきてしまったので、流石に寒い。晃のお古だというパジャマも、体操着に比べたら格段に暖かい素材の品だが、冬の朝にパジャマ一枚というのは良くなかった。
 一太は、震える指先で風呂水ポンプを湯船の残り湯の中に入れ、洗濯機の電源を入れる。ピーと電子音が響くので、寝ている晃が煩くないように、洗面室の扉はぴったりと閉めた。洗剤と柔軟剤も、寒さに震えながら洗濯機の指示通り入れて、後はお任せだ。洗濯物を外に干せる季節でもなし、乾燥までしてしまうコースにしても良かったが、暖房の下に置いておけば乾くかも、というもったいない精神が顔を出して、洗濯だけのコースを選択した。
 ほっとして居間へ入った途端に、くしょん、くしょん、とくしゃみが連続で出た。慌てて口を押さえたが、かなり大きく部屋に響いた。
 後ろでは、まだ閉めていない扉の向こうで洗濯機が、ご、ご、ごと風呂水を吸い上げる音がする。
 一太がしまった、と扉を閉めた時には、

「いっちゃん?」

 と、晃の、寝起きの少し掠れた声がした。

「ご、ごめん、晃くん。うるさくして……。くしゃんっ」
「暖房……は……?」
「あ、まだ早い、から……。くしょん。ごめん」
「いっちゃん、こっち来て」
「ん……」

 常夜灯を頼りに晃のベッドの方へ近寄ると、ぐいと手を引かれる。

「冷え冷えじゃん。風邪引いたらどうするの」
「ごめん」

 そのまま、ベッドの中へ引きずり込まれた。
 晃は一太を足で押さえて布団から手を伸ばし、枕元に付いている小さな台の上のリモコンを一つ手に取った。暗い中でも分かるらしく、自動運転ボタンを押して暖房をつける。

「部屋が暖まるまで、布団から出るの禁止」

 そうして晃は手を布団の中に戻すと、一太を抱きこんで寝直す体勢に入った。
 ぎゅっと抱っこして貰える形になって、あったかくて嬉しくて、一太はくふ、と声を漏らす。
 
「幸せ……」
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