【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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211 ◇◇子離れ

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「ただいま!」

 陽子が、玄関の鍵を開けて声をかけると、おかえりなさい、と一太が出てきた。後ろから晃も付いてきて、おかえりなさい、なんて言う。晃に、こうしてお迎えしてもらうなんて何年ぶりだろうか。一太のお陰だ。一太がこうして玄関に出てきてくれるから、晃もつられて出てきてくれるのだ。随分と様子の変わった息子が何だかおかしくて嬉しくて、陽子はにこにこ笑った。

「お疲れ様です」
「ありがとう。疲れたー」

 丁寧に頭を下げてくる一太の顔色は悪くない。もともと、少し青白い顔色の子だから分かりにくいが、どうやら通常の顔色に戻ったようだ。熱が高かった時の、紙のような白さにははらはらした。それでいて、ふらふらしながらも動き回ろうとするのだから、本当に心臓に悪い。ベッドにくくり付けておきたかったくらいだ。何とか体調を戻せたようで良かった、と陽子は息を吐いた。昔、晃の体調が良くなかった頃のように、仕事を休んで側にずっといてやれればよかったのだが。
 まあ、大丈夫か。
 一太の後ろを付いて回る息子に笑いが溢れる。私でなくても、見守る誰かがいるのなら安心だ。
 居間に入ると、一日中、留守番の人間がいた部屋は暖かくて、すでに良い匂いが漂っていた。

「う、うわあ。嬉しい」

 夜ご飯は作ります、と一太は朝に言っていたのだから、作ってくれていることは分かって帰ってきた。それでも、目にした陽子は感動してしまった。誰かにご飯を準備してもらうのが、こんなに嬉しい事だったとは!

「あの。まだコーンスープとマカロニサラダを作っただけで。米が炊けたらチキンライスにして、最後にエビフライを揚げます。ポテトも買ってしまったんですけど、揚げていいですか?」
「ポテト? 嬉しい。私も大好き」

 ほっとした顔を見せる一太に、本当は、そんなの好きにしたらいいのに、と陽子は言いたかった。どうせ、一緒に買い物に行った晃がカゴに放り込んだに違いないのだ。でもまだ、一太にその物言いは早い気がする。家族を、近しい関係の人間を知らない一太ができる、精一杯の近さで過ごしてくれているのだと分かるからだ。少しずつ、もっともっと近付いていけたらいいな、と陽子は思う。
 幸い、晃とはだいぶ近くなったようだ。その関係が、親友じゃなく恋人なんだというのが少し引っかかる所ではあったけれど、二人がそれを選んだなら応援しようと決めた。もう迷いはない。

「いっちゃん、手伝うわよ。ていうか、この後は私がしようか?」
「あ、いえ、大丈夫です。あの、たまには、その、のんびりと、ええっと、テレビでも見て……」

 のんびりの仕方を知らない一太からひねり出された提案は、しどろもどろであったけれど、陽子は喜んで乗ることにした。

「ありがとう。無理はしてないよね?」

 こくこく頷く一太に笑いかけて、何故か一太にべったりと付いて回っている晃にも目を向ける。晃が台所にいたって、大した戦力にはならないだろうに何してるんだか。

「昼間はケーキ食べて遊んでた」
「なら良し」

 晃が答えたので褒めると、一太が首を傾げる。

「いっちゃん、どうかした?」
「ケーキ食べて遊んでいて褒められるの、なんで?」
「あはは、確かに」

 二人の会話を聞き流し、陽子はカバンを片付けてソファに座った。あれ? 本当にこの後、自由時間……?!
 部屋はあきらかに掃除機がかけてあり、洗濯物もすべて畳んである。ご飯作りは、今から仕上げにかかるらしい。本当に、何にもやることが無い。
 ヤバい。嬉しい!
 たまにのんびりできる事がとても嬉しいこの気持ち。いっちゃんもここに、この気持ちに辿り着いてほしいな、と陽子は思った。正月休みに入ったら、いっちゃんをもっともっと甘やかそう!
 一太の作ったご飯は、普通に美味しかった。マカロニサラダもコーンスープもチキンライスも、普通に普通の味がした。作り方に書いてある通りに作った基本の味だ。一太の真面目な人柄が垣間見えると共に、失敗できなかったのだろうな、と陽子は思う。材料に余分が無かったり、少しの失敗をひどくなじられたりする環境では、とにかく基本に忠実に、失敗しないようにと作業するしかなかったのだろう。
 そして一太には、手本となる味が無かった。晃や誠から一太の育った環境を漏れ聞く限り、うちはこうだったよ、と人に言える味がないのは間違いない。唯一あるとすれば、給食なのだろう。
 そんな一太の作るご飯は、とても普通で普通に美味しい。

「美味しい」

 陽子が一口食べて言えば、一太は、ほっとした表情を見せた。

「揚げただけだから」

 それもできない人が世の中には沢山いるのよ、と陽子は思う。

「揚げただけのも、いっちゃんが味付けしてくれた物も全部美味しい。作ってくれてありがとう」
「あの、書いてある通りに作っただけなので、その、俺の味付けって訳じゃ……」
「全部、一太の手作り? すごいな」
「いっちゃんの作るご飯は、いつも美味しいよ」

 誠と晃も参戦して、美味しい美味しい、と言えば、一太は控えめに笑った。
 一太のはにかむ顔が可愛くて、一口ごとに褒めてしまいそうだ。

「晃の誕生日って感じがするわー。あ、そうだ。晃、誕生日おめでとう。かんぱーい」
「ええ? あ、ありがとう」
「そうだった、そうだった。晃、誕生日おめでとう」
「ありがとう」

 思いつきで始まった適当な家族のやり取りに目を丸くした一太が、慌ててお茶の入ったグラスを持ち上げる。家族の食卓で絶対にやらなければならない事なんてないけれど、一太がこうして少しずつ、適当なやり取りに馴染んでくれたらいいな、と陽子は思う。

「おめでとう」
「ありがと」

 見たことない顔で笑う息子がそこに居た。今日は二人で、楽しい誕生日を過ごしたのかな。
 大人になっていく息子のことが、嬉しいような寂しいようなおかしな気分だった。

 夜。陽子は、赤い長靴の形の入れ物にお菓子がたくさん詰まっているクリスマスプレゼントを二つ持って、そっと晃の部屋の扉を開けた。サンタクロース役をするのは何年ぶりだろうか。廊下の灯りを頼りに部屋の中を窺う。晃は、少々の物音では起きないことは分かっているが、敏感そうな一太もいるから気が抜けない。子どもっぽいと怒られそうだが、折角クリスマスイブにうちにいるのだから、二人の枕元にプレゼントを置いてやりたかったのだ。
 けれど、抱き合って一つの布団で寝ている二人を見て、プレゼントを落としてしまい、慌てて部屋を飛び出し、一階に降りた。

「どうした?」
「あー。いや、うーん」

 誠に訝しがられて、陽子は頭を抱えた。
 
「晃も、大人になったんだなって」
二十歳はたちだからな」
「うーん。いや。でも、そうか」

 晃がまだ小さい頃。入院した晃を、病院に一人置いて帰らなければいけなかった。病院の決まりだったからだ。帰らないで、側にいて、と散々泣いていた晃は、ある時から、家でも一緒に寝なくていい、と言った。最初から一緒にいなければ、向こうでも寂しくないから、と。
 あの頃から、誰も側に寄せつけなかった晃が、こうして一緒にいたいと思える人をみつけたのなら、それは本当に良かったことだ。
 うん。きっと一太だけでなく晃も、小さい頃に足りなかった温もりを取り戻そうとしているのだろう。
 陽子は見なかったことにする事にして、もう一度晃の部屋へそっと入りプレゼントを取り出した。そうして、プレゼントは、部屋の扉の前に並べて置いておくことにした。
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