【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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225 ◇卒業旅行 3

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「見て、つよしくん! すごい角! 水牛かな。いっぱいいる」
「おう。強そうだな」
「うわ、来た。こっち来た!」
「肉の臭いに寄ってきたんじゃね?」
「あー。ごめん。これ虎さんのだからあげられない」

 来たがっていただけあって大興奮の岸田が、車の中をあっちこっちと移動して、間近に寄ってくる動物の方へと近寄っている。たまに携帯電話を構えて写真を撮り、ガイドの説明に頷いたりと大忙しだ。付き合って右往左往している安倍は、相づちを打って笑いながら、動物を見て喜んでいる岸田を見て喜んでいるようだった。たまに、岸田と同じように携帯電話を構えて写真を撮っているが、動物ではなく、寄ってきた動物にはしゃぐ岸田の写真を撮っているのだろう。とても良い写真が撮れていそうだ。
 一太は、晃にしがみついて車の真ん中に立ち、右を見てはうわあ、左を見てはおおお、と小さな感嘆の声を上げていた。
 全面檻になっている形のバスは、乗り心地の良いものじゃない。吹きさらしだから風が冷たいし、動物たちの臭いがそのまま感じられるし、積んでいる餌の生肉の、血なまぐさい臭いも鼻についてくる。立ち歩いて、どこからでも景色を自由にご覧ください、とのことで座る席もない。
 晃としては、窓の閉められたバスに座って回って見ても充分に楽しめたかな、と思う。でもまあ、こんなに喜んでいる岸田を見たら、これでいいか、という気もしてくる。

「いっちゃん、もう少し近くに行って見てみない?」

 らくだが数頭、のそりのそりとバスに近付いてきたので一太を引っ張ると、更に晃にしがみつきながらも付いてきてくれた。

「う、うわ。らくだ大きい。あんまり可愛くない……」
「らくだは、元々可愛くはないだろ」
「いや、でも、何かちょっと、顔が可愛いかなって思ってたんだけど」
「俺は思ってなかったぞ」
 
 安倍と岸田の会話が聞こえてくる。一緒にバスに乗っていたもう一組のカップルが、静かにらくだの側から距離を取った。
 しまった。あんなにはしゃいでいる岸田さんが少し怖がるような動物の時に、近くに寄ってしまった。いっちゃん大丈夫かな、と晃が一太の様子を伺うと、大きな目をまん丸に見開いて固まっていた。晃も正直、らくだの大きさに驚いている。

「記念撮影しましょうか?」

 ガイドの明るい声に、一太はようやくパチリと瞬きをした。

「お願いします! 四人で」

 安倍が、すかさず自分の携帯電話をガイドに渡して、らくだに背を向ける。岸田の肩に手を回して、素早く岸田の向きも変えさせた。晃も、固まっている一太をくるりとひっくり返して肩を抱き、笑顔を作る。らくだがいい感じに近くにいるうちに撮らなければならないから、スピード勝負だ。

「いっちゃん、らくだと記念撮影するよ。笑って」
「はい、チーズ!」
「ありがとうございます!」

 写真を撮り終わって一太を見ると、驚いた顔のままだった。なにせまだ、らくだが横を歩いている。岸田も、視線はずっとそちらに固定されたままだった。

「もうすぐライオンの横も通りますよ」
「また写真をお願いします」
「お任せください」

 ガイドは、もう一組の方にも素早く声をかけて、離れかけていたらくだと上手いこと写真を撮っていた。

「本物って、大きいんだね……」

 エリアを移る合間の道で、一太がようやくぼそりと呟く。動物が見えなくなって、少しほっとしたようだ。そうか、いっちゃんは初めての動物園か、と晃ははっとした。
 初めての動物園がサファリパークの餌やりバスなのは、少しハードだったかもしれない。
 猛獣エリアに入ると、早速ライオンが寄ってきた。声もなく晃の腕にしがみつく一太の横で、  

「ライオン、格好いい……」

 と、岸田が呟いている。

「分かる。格好いい」

 安倍も、ライオンを真剣に見つめていた。晃も、うん、確かに格好いいなとライオンを眺める。うろうろと車に寄ってくるのは雌ばかりで、雄は少し離れた木の根元で寝そべっていた。

「狩りをするのは雌なので、お肉の臭いに寄ってきていますね」

 と、ガイドが説明を入れてくれた。安倍が携帯電話を手渡してお願いすると、また上手く、動物が近くにいるタイミングで四人の写真を撮ってくれた。
 安倍も岸田も、それぞれでも携帯電話で写真を撮って楽しんでいる。晃も、できれば、動物に喜ぶ一太の写真をたくさん撮りたかったのだが、一太はずっと晃にしがみついたままだ。これはこれで、頼りにしてくれていると思うと嬉しいのだが、くっつき過ぎていて一太の写真が撮れないのが残念だった。
 晃が、そんなことを思ってライオンに釘付けの一太を見ていると、安倍の携帯電話がこちらを向いてカシャリと音を立てた。晃が、ん? とそちらに視線を向けると安倍は、にっと笑ってから視線をまた、ライオンにうっとりしている岸田に戻した。
 ああ、そうか。
 晃は、自分も携帯電話を取り出して、楽しそうに会話し始めた安倍と岸田とライオンをカシャリと写した。自然に楽しんでいる様子が画面から伝わってきて、こちらまで楽しくなってくる。
 友だちと一緒に楽しむというのは、こういう事か。
 いいな、と晃は思った。今まで知らなかった。友だちはできた? と、学年が上がる度に聞いてくる母に、普通にいるよと答えていたけれど。母の言う友だちがこういうものだったのなら、晃に、そういう意味での友だちがいないことを母は気付いていたのだろう。今度こそ、友だちができたよ、と母に言えそうだと思ってから気付く。母は最近、そんなことを尋ねてきたりしていなかった。母が願っていたような友だちが晃にできたことなど、とっくにお見通しだということか。敵わないなあ、と晃は苦笑いする。四人で卒業旅行に行くことは報告済みだから、母は写真が届くのを楽しみに待っているに違いない。
 突然、屋根の上にガシャンと衝撃がきて、きゃあっ、うわっ、とあちこちから悲鳴が上がった。晃の口からも、うわっと声が出た。自然と肩をはね上げてしまう。一太は、相変わらず声もなく、晃にしがみつく手の力を強めていた。見上げると大きな虎が一匹、屋根の上に飛び乗っている。屋根も金網なので、ものすごい角度で虎を見上げていることになった。

「うわあ!」

 岸田が喜びの声を上げて、安倍にしがみつく。

「すごい、すごい! すごい!」
「ひえー。虎、怖ぇ。でも格好いい」

 晃は、くっついている二人と腹の見える虎を少ししゃがんで写真におさめ、いい写真が撮れたと笑った。急に晃から手を離し、ごそごそと鞄を漁った一太が携帯電話を取り出し、そんな晃を至近距離で写していて更に大笑いした。一太は、ようやく緊張がとけたらしく晃に釣られて笑った。
 そんな二人を見逃すはずのない安倍のカメラに、良い笑顔の二人が写し取られていた。
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