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34 王様も文官みたいなものだ
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シリルは、王宮の自室でため息をついた。どうにかして、ここへ来なくてすむ方法を考えていたのに。トリスタンに指導してもらいながら紅茶を入れるリュシルを見る。連れてきたくなかった。
「殿下。大丈夫ですか?」
紅茶をそっと出してくれながら、顔を覗きこむリュシルに笑みを返す。
連れてきたくはなかったけれど、傍から離す気はもう、まったくない。頬に手をやりそっと撫でると、リュシルは驚いた顔をしてから、少し微笑んだ。
こんこん、と扉がノックされる。リュシルは部屋のすみに移動して立ち、トリスタンが返事をして対応に出た。近衛騎士が一人、案内されて入ってくる。入ってきた人物を見て、シリルは呆れた声を上げた。
「何をしていらっしゃるのです、父上。」
「会いに来た。」
かつらをかぶって髪色と髪型を変え、近衛騎士の制服を着た父が立っている。
「よく、その程度の変装でここへ来られましたね。」
「意外と分からないもののようだ。この格好で出歩いていて、見咎められたことはない。」
「よくされている、ということですか?すぐに分かりましたけど。」
「すぐに見破れるのは、愛の力だな。」
国王は当然のように、シリルの隣へ腰かける。トリスタンが紅茶を淹れて置いた。
「失礼いたします。」
紅茶を置いた後は、リュシルを連れて部屋を出ていく。流石は熟練の侍従である。
「よく頑張った。」
二人きりになった室内で、国王は言った。シリルの頬に手を当てて、顔を覗きこんでくる。
「いい男になった。」
心底、嬉しそうな顔を向けられて、シリルは黙りこんだ。父は、こんな人だっただろうか。
ここ数年は、日常の記憶が曖昧でよく分からない。母に、この人のことを頼まれたことだけ、鮮明に覚えている。
王様をお願いね。一人にしないであげて。
母の言葉が甦って、まじまじと父の顔を見る。
「しっかりしてきたことだし、周りの守りも自分で固めた。その手腕を評価して、立太子の宣言をする。」
「は?」
「気合いいれろよ。」
「は?」
機嫌良く紅茶を飲む父。頭がうまく回らない。
「シャルルは?」
「あれは、私の子では無いから。」
ようやく絞り出した一言に、あっさりとした返事がきた。
「は?」
「王の子で無いのだから、王にはなれないな。」
「シャルルが次の王だと、誰もが。」
「言っていたのは、正確には一人だけだ。私の子ではないと一番知っているのにな。」
「……心の準備が、欠片もできておりません。」
「安心しろ、私はまだまだ長生きするつもりだ。孫の顔も見る。ゆっくり準備したら良いさ。」
「シャルルは、どうなりますか。」
「これから起こるだろう騒動をうまく抑え込むことができて、生きて残せたら、公爵家へ養子に出そうと思っている。」
生きて残せたら。
その言葉の意味に、ぞっとする。
「……つい先日、どんな仕事をして生きていくのかの話を、シャルルと友人たちとしておりました。その時私は、体も大きくなく、騎士には向いていないので、文官でもしようかと言っていたのです。」
「王様も、文官みたいなものだ。」
二人は、その後は黙って紅茶を飲んだ。
「友人にも、また会わせてくれ。」
そう言って、父は出ていく。側近候補、ということになるのだろうか。毎日の昼食にも困るジュストの顔を思い浮かべて、シリルは薄く笑った。
連れてくれば良かったと思ってから、その考えに驚く。自分が王様になるのなら。貧乏宰相が誕生だ。
これを知ったときのジュストの顔が見たくて、理由を付けて、王宮に呼び出すことを決めた。
「殿下。大丈夫ですか?」
紅茶をそっと出してくれながら、顔を覗きこむリュシルに笑みを返す。
連れてきたくはなかったけれど、傍から離す気はもう、まったくない。頬に手をやりそっと撫でると、リュシルは驚いた顔をしてから、少し微笑んだ。
こんこん、と扉がノックされる。リュシルは部屋のすみに移動して立ち、トリスタンが返事をして対応に出た。近衛騎士が一人、案内されて入ってくる。入ってきた人物を見て、シリルは呆れた声を上げた。
「何をしていらっしゃるのです、父上。」
「会いに来た。」
かつらをかぶって髪色と髪型を変え、近衛騎士の制服を着た父が立っている。
「よく、その程度の変装でここへ来られましたね。」
「意外と分からないもののようだ。この格好で出歩いていて、見咎められたことはない。」
「よくされている、ということですか?すぐに分かりましたけど。」
「すぐに見破れるのは、愛の力だな。」
国王は当然のように、シリルの隣へ腰かける。トリスタンが紅茶を淹れて置いた。
「失礼いたします。」
紅茶を置いた後は、リュシルを連れて部屋を出ていく。流石は熟練の侍従である。
「よく頑張った。」
二人きりになった室内で、国王は言った。シリルの頬に手を当てて、顔を覗きこんでくる。
「いい男になった。」
心底、嬉しそうな顔を向けられて、シリルは黙りこんだ。父は、こんな人だっただろうか。
ここ数年は、日常の記憶が曖昧でよく分からない。母に、この人のことを頼まれたことだけ、鮮明に覚えている。
王様をお願いね。一人にしないであげて。
母の言葉が甦って、まじまじと父の顔を見る。
「しっかりしてきたことだし、周りの守りも自分で固めた。その手腕を評価して、立太子の宣言をする。」
「は?」
「気合いいれろよ。」
「は?」
機嫌良く紅茶を飲む父。頭がうまく回らない。
「シャルルは?」
「あれは、私の子では無いから。」
ようやく絞り出した一言に、あっさりとした返事がきた。
「は?」
「王の子で無いのだから、王にはなれないな。」
「シャルルが次の王だと、誰もが。」
「言っていたのは、正確には一人だけだ。私の子ではないと一番知っているのにな。」
「……心の準備が、欠片もできておりません。」
「安心しろ、私はまだまだ長生きするつもりだ。孫の顔も見る。ゆっくり準備したら良いさ。」
「シャルルは、どうなりますか。」
「これから起こるだろう騒動をうまく抑え込むことができて、生きて残せたら、公爵家へ養子に出そうと思っている。」
生きて残せたら。
その言葉の意味に、ぞっとする。
「……つい先日、どんな仕事をして生きていくのかの話を、シャルルと友人たちとしておりました。その時私は、体も大きくなく、騎士には向いていないので、文官でもしようかと言っていたのです。」
「王様も、文官みたいなものだ。」
二人は、その後は黙って紅茶を飲んだ。
「友人にも、また会わせてくれ。」
そう言って、父は出ていく。側近候補、ということになるのだろうか。毎日の昼食にも困るジュストの顔を思い浮かべて、シリルは薄く笑った。
連れてくれば良かったと思ってから、その考えに驚く。自分が王様になるのなら。貧乏宰相が誕生だ。
これを知ったときのジュストの顔が見たくて、理由を付けて、王宮に呼び出すことを決めた。
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