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59 おめでとう

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 家族と絶縁したその日、リュシルは仕事で必要なこと以外に口は開かずに夜を迎え、いつも通りに布団に入った。自分の気持ちとしては、周りが気にしてくれるほどの揺らぎがあるわけでは無かった。ただ、気を使ってくれている人たちに上手く返事ができなかっただけだ。今日のことは、分かっていた事実を確認したに過ぎない。仲良しの四人家族と会っただけ。私はこのまま、ここで殿下にお仕えしていたい、と思いつつ就寝した。
 翌朝、いつも通りの早朝に起きようとして、体調の悪さに気付いた。もともと朝には弱い方であるが、それでも仕事への責任感で頑張っている。侍従の朝は早いので辛いけれど、その分夜に寝る時間を早めて何とか起きていた。
 体が怠い。お腹が重い。痛いのとは違う?いや、痛い?ああ、どうしよう。心配を掛けたくない。
 何とか起き上がり、いつもなら起きてすぐには使わない魔力を使って体を見て驚いた。シーツや寝間着のズボンが少し血で汚れている。
 リュシルはパニックになった。何?これは何?パニックで魔力が使えなくなり、周りが見えなくなった。ああ、どうしよう。どうしたらいい?
 リュシルは、学園に入る前は十歳頃までしか教育を受けておらず、学園では男子クラスで授業を受けていたため、女性の体に起こる変化を知らなかったのだ。ほっそりした体にわずかばかり胸がふくらんできたことも、男ばかりの中で過ごしていては、気付きようもなかった。
 
 いつもの時間を大幅に過ぎても侍従部屋から出てこないリュシルが心配になり、シリルは扉をノックした。いらえはないが扉を開く。ベッドの上で震えているリュシルが見えた。

「リュシル、どうした?」

 声をかけながら近付くと、

「来ないで!」

 と大きな泣き声が答える。初めてリュシルの荒げた声を聞いて、シリルは驚いて目を見開いた。
 それでも少し離れた場所から様子を観察する。今、目は見えていない?体にシーツを巻き付けて震えている。何か、布団に血のようなものが……?
 我慢できずに近寄ると、もう一度、リュシルと呼び掛けた。

「シ、シリル殿下……。き、きょう、きょうは、お休み、お休みさせて、くだ、くださ、い。」

 泣きながら、何とかそれだけ言うと、シーツを頭から被る。

「分かった、休んでいい。体が辛いのか?ちょっと見せろ。」

「駄目、だめです。こ、来ないで。お願いします。」

 そう言われても、とシリルが困っていると、殿下?とトマの声がした。
 今日の護衛当番なのだろう。そっとこちらへ近寄ってくると、リュシルと布団の様子を見て、ああ、と言った。

「リュシル。落ち着け。俺が分かるか。トマだぞ。近寄るぞ。いいか。」

 優しい声でゆっくりと話しかける。

「いや、いやです。きょう、きょうは、お休み、を。」

「分かった。分かってる。今日はお休みだ。お休みしよう。その前に、きれいにしないとな。いいか、触るからな。」

 トマはそう言うとベッドに上がり、がたがた震えて嫌がるリュシルをシーツごと、ぎゅっと抱き締めた。

「ほーら、大丈夫。トマだからな。怖くない、怖くない。」

 そうして、強張る背中を撫で擦る。

「リュシル、俺は孤児院でいっぱい見たことあるんだ。これは、女の子が大人になった証なんだって。こういうとき、孤児院の先生はいつもその子にこう言うんだ。」

 優しく優しく、トマはリュシルに言い聞かせる。

「おめでとう。おめでとう、リュシル。これは、めでたいことなんだ。怖くない、怖くない。」

 何もできずにいたシリルは、ようやく理解した。ああ、確か習った。女性の月のものだ。
 ようやく、リュシルも落ち着いてきて、ぽろぽろと声もなく零れていた涙が止まる。ひくっと喉をひきつらせながら、トマに体を預けた。

「殿下。ここでは、誰もこれを上手く処理できません。といって、侍女を呼ぶわけにもいかない。ベルナール夫人の所に送ってきてもよろしいでしょうか。」

 落ち着いたのを見て、トマがシリルに言った。

「ああ、そうしてやってくれ。護衛は、後でドミニクが来るから、トマが連れていってやってほしい。バジルも、すぐに来るだろう。私のことは気にするな。」

「ありがとうございます。ベルナール夫人にお願いしたら、すぐに帰りますので。」

「大丈夫だ。落ち着くまで、付いてやって構わない。分からなくて、すまなかった。」

「いや、これはね。仕方ないです。リュシルもな、怖かったな。」

 バジルがやって来て手早く馬車を手配すると、トマはひょいとシーツでくるんだリュシルを抱えて出かけていった。
 シリルは、ただ見守るしかできなかった自分が悔しかった。
 


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