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百四
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しん、と一度室内が静まり返り、伊良はしまったと息を飲む。何も間違ったことは言っていないが、このことで良時たちに何か困ったことが起きては申し訳ない。
「其の方が!」
果たして伊良の心配通り、川野が護衛の手を振りほどこうと暴れながら吠えた。
「其の方が、場を弁えもせず恐れ多くも若君の隣に侍っておるのがそもそもの間違いなのだ! 何故、誰も言わぬ! 離せ、馬鹿者ども! 引っ立てるべきは我らではない。あの礼儀知らずだ!」
「黙れ」
申し訳なくて身を縮める伊良の耳に、良時の低い声が聞こえた。
大声を出したわけでもないのに腹に響く。良時は、ひどく怒っていた。
「我が伴侶への無礼、これ以上は聞き捨てならぬ。其の方、その顔、二度と私に見せるな」
「え……」
「は?」
良時はいくつか上がった声に答える気はないらしい。そのまま口を閉じ、子どもらしい丸みを失くしてきた頬や目元を鋭くとがらせた。しかし、思わず零れ落ちた言葉にしまったと反省している伊良に気が付いて目元を緩める。
「伊良。何でもないぞ。大丈夫だ」
「いえ、良時さま。すみません」
「何を謝ることがある。伊良はいつも私や兄上のことを一番に考えてくれているではないか。誰より一番忠義の者だ。此度も、あやつらの勝手なふるまいを咎めてくれたこと、何より嬉しく思うぞ?」
先ほどはあんなに苛烈な様子を見せていたのに、伊良を見る目はとても優しい。声音も可愛らしく、ほだされた伊良は思わずはい、と素直に頷いた。良時が喜んでくれたなら、あれは間違いではなかったのだ。……良かった。
「せっかくの祝いの席を、よくも台無しにしてくれたものだ」
静かになった室内へ向け、時行が口を開く。
「すっかり興がそがれた。だがまあ、準備されたこの場や料理を無駄にする気はない。大勢の祝いの気持ちを、ほんの一握りのその気持ちを持たぬ者のせいで潰されるなどあってはならぬことだからな。宴会は続ける。嗣治、そやつらをしばし押さえておけ」
「はっ」
護衛達は、部屋から出そうとしていた三組の親子を囲んでその場にとどまった。
時行は背筋を伸ばして声を張る。
「弟、四郎は本日より良時と名乗る。皆、よろしく頼む」
「は、ははっ」
この場で一番偉い時行によろしく頼むと言われて、成り行きを見守っていた者たちが頭を下げた。だが、その返事はばらばらと揃わず、どこか戸惑った響きを帯びていた。
「意見があれば言え。咎めはせぬ。裏でこそこそと何ぞ企まれるより余程よい」
なあ、と時行は行成を振り返る。行成は、ずっと鋭い目で川野たちを睨んでいた。この騒動を余程腹に据えかねているようだ。
そして、時行の言うことはいちいちもっともだった。今回のような騒ぎをまた起こされては困る。
「恐れながら申し上げます」
頭を下げた一人がおずおずと声を上げた。
「時の字を後ろに付けるというのは、その……」
「良時の申し出である」
「は、ははっ。心得ましてございます」
「皆もよく心に留め置くように」
「はっ」
それは、玉乃川の後継の座を決して望まないという意思表示だ。玉乃川の跡継ぎ候補には皆、時の字が先についているのだから。元より、時行と良時がそれを望んだことなど一度もなかったことを伊良は良く知っている。
時行さまは、良時さまの意思を大切にしてくださったのだ。
「それから」
今度は綺麗にそろった声に頷きを一つ返し、時行は続けた。
「良時と伊良は婚姻の儀を内々に済ませている。伊良はすでに玉乃川家の者である。無礼は二度と許さぬ」
「其の方が!」
果たして伊良の心配通り、川野が護衛の手を振りほどこうと暴れながら吠えた。
「其の方が、場を弁えもせず恐れ多くも若君の隣に侍っておるのがそもそもの間違いなのだ! 何故、誰も言わぬ! 離せ、馬鹿者ども! 引っ立てるべきは我らではない。あの礼儀知らずだ!」
「黙れ」
申し訳なくて身を縮める伊良の耳に、良時の低い声が聞こえた。
大声を出したわけでもないのに腹に響く。良時は、ひどく怒っていた。
「我が伴侶への無礼、これ以上は聞き捨てならぬ。其の方、その顔、二度と私に見せるな」
「え……」
「は?」
良時はいくつか上がった声に答える気はないらしい。そのまま口を閉じ、子どもらしい丸みを失くしてきた頬や目元を鋭くとがらせた。しかし、思わず零れ落ちた言葉にしまったと反省している伊良に気が付いて目元を緩める。
「伊良。何でもないぞ。大丈夫だ」
「いえ、良時さま。すみません」
「何を謝ることがある。伊良はいつも私や兄上のことを一番に考えてくれているではないか。誰より一番忠義の者だ。此度も、あやつらの勝手なふるまいを咎めてくれたこと、何より嬉しく思うぞ?」
先ほどはあんなに苛烈な様子を見せていたのに、伊良を見る目はとても優しい。声音も可愛らしく、ほだされた伊良は思わずはい、と素直に頷いた。良時が喜んでくれたなら、あれは間違いではなかったのだ。……良かった。
「せっかくの祝いの席を、よくも台無しにしてくれたものだ」
静かになった室内へ向け、時行が口を開く。
「すっかり興がそがれた。だがまあ、準備されたこの場や料理を無駄にする気はない。大勢の祝いの気持ちを、ほんの一握りのその気持ちを持たぬ者のせいで潰されるなどあってはならぬことだからな。宴会は続ける。嗣治、そやつらをしばし押さえておけ」
「はっ」
護衛達は、部屋から出そうとしていた三組の親子を囲んでその場にとどまった。
時行は背筋を伸ばして声を張る。
「弟、四郎は本日より良時と名乗る。皆、よろしく頼む」
「は、ははっ」
この場で一番偉い時行によろしく頼むと言われて、成り行きを見守っていた者たちが頭を下げた。だが、その返事はばらばらと揃わず、どこか戸惑った響きを帯びていた。
「意見があれば言え。咎めはせぬ。裏でこそこそと何ぞ企まれるより余程よい」
なあ、と時行は行成を振り返る。行成は、ずっと鋭い目で川野たちを睨んでいた。この騒動を余程腹に据えかねているようだ。
そして、時行の言うことはいちいちもっともだった。今回のような騒ぎをまた起こされては困る。
「恐れながら申し上げます」
頭を下げた一人がおずおずと声を上げた。
「時の字を後ろに付けるというのは、その……」
「良時の申し出である」
「は、ははっ。心得ましてございます」
「皆もよく心に留め置くように」
「はっ」
それは、玉乃川の後継の座を決して望まないという意思表示だ。玉乃川の跡継ぎ候補には皆、時の字が先についているのだから。元より、時行と良時がそれを望んだことなど一度もなかったことを伊良は良く知っている。
時行さまは、良時さまの意思を大切にしてくださったのだ。
「それから」
今度は綺麗にそろった声に頷きを一つ返し、時行は続けた。
「良時と伊良は婚姻の儀を内々に済ませている。伊良はすでに玉乃川家の者である。無礼は二度と許さぬ」
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