【本編完結】人形と皇子

かずえ

文字の大きさ
79 / 1,325
第二章 人として生きる

61 成人 32

しおりを挟む
 辺りは薄暗かった。寝息が聞こえている。緋色ひいろは、まだ寝てるのか。
 左のこめかみが痛い。何だかずきずきするけれど、怪我をした覚えがない。いっぱい寝たような気がする。そう考えると急にトイレに行きたくなってきた。
 そっと抜け出そうとしたけれど気付かれて、止められた。

「といえ」

 何故か上手く口が動かない。でも、緋色ひいろには伝わったらしい。

「自分で行けるのか?」
 
 と聞かれて頷く。ベッドを下りようとすると常陸丸ひたちまるがこちらを見てた。

「……成人なるひとか?」
「あい」

 返事をすると、ひょいと抱き上げられる。

「おかえり」

 どこも行ってないよ。首を傾げていると緋色ひいろの腕に移っていた。何だよー。トイレ行きたいのに。

「といえ!」
「……ああ。悪かった、悪かった」

 泣きそうに顔を歪めて緋色ひいろは笑う。そのまま抱いてトイレへ運んでくれたのは助かった。行けるって言ったけど、体を起こした時にくらくらしたから。
 その後は、強制的にご飯の時間が始まった。全然、お腹空いてないのに、食べないと駄目だって、緋色ひいろ常陸丸ひたちまるも言う。お粥を頼まれそうだったから、最近食べられるようになったものを注文してみた。

「おににり」
「お前……。本当にちゃんと食べられるんだろうな?」

 二人ともに呆れたような顔をされた。さっきから何? ……俺、何かしたかな?
 海苔の付いてない小さなおにぎりを口に入れる。噛むのに苦労した……。何でだ? 飲み込めない。

「ほら、みろ。だから粥にしろって言ったんだ」

 自分のご飯を食べながら緋色ひいろが言う。

「出せ。粥も頼んどいたから、そっちにしろ」

 常陸丸ひたちまるまで、そんなことを言う。ずっと、おにぎりの一口目を噛みながら首を傾げていると、口に手を突っ込まれて出された。

「お前、鬼ごっこの後二日間目を覚まさなくて、何回か呼吸も止まって死にかけてたんだよ。目を覚ましたと思ったら喋れないし、自分のことが成人なるひとだってことも分かってねえし」

 え? 覚えてない。
 口にお粥を突っ込まれて食べる。気分じゃない。

「ジュチュのむ」

 俺はぁ、ミックスジュースがぁ、飲みたいぃ。
    ふて腐れてお粥を食べていると、緋色ひいろ常陸丸ひたちまるが驚いた顔で見ている。

「我儘言ってるぞ」
「我儘言ってますね」
「……成人なるひと、痛いとこあるか?」

 ここ痛い、と左のこめかみを指差すと、二人で顔を見合わせて笑う。
 何だよー。

「我儘こぞう、お前はもうミックスジュースは飲んだんだよ」
「さっき起きたときに、な」
「のんえあい」
「何言ってるか分かりませーん」

 緋色ひいろが楽しそうに笑ってる。また、お粥が口に入った。むぅ。
 突然、常陸丸ひたちまるが立ち上がってソファに向かった。寝ていたさい身動みじろぎしたらしい。
しおりを挟む
感想 2,496

あなたにおすすめの小説

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

『アルファ拒食症』のオメガですが、運命の番に出会いました

小池 月
BL
 大学一年の半田壱兎<はんだ いちと>は男性オメガ。壱兎は生涯ひとりを貫くことを決めた『アルファ拒食症』のバース性診断をうけている。  壱兎は過去に、オメガであるために男子の輪に入れず、女子からは異端として避けられ、孤独を経験している。  加えてベータ男子からの性的からかいを受けて不登校も経験した。そんな経緯から徹底してオメガ性を抑えベータとして生きる『アルファ拒食症』の道を選んだ。  大学に入り壱兎は初めてアルファと出会う。  そのアルファ男性が、壱兎とは違う学部の相川弘夢<あいかわ ひろむ>だった。壱兎と弘夢はすぐに仲良くなるが、弘夢のアルファフェロモンの影響で壱兎に発情期が来てしまう。そこから壱兎のオメガ性との向き合い、弘夢との関係への向き合いが始まるーー。 ☆BLです。全年齢対応作品です☆

龍は精霊の愛し子を愛でる

林 業
BL
竜人族の騎士団団長サンムーンは人の子を嫁にしている。 その子は精霊に愛されているが、人族からは嫌われた子供だった。 王族の養子として、騎士団長の嫁として今日も楽しく自由に生きていく。

【完結】獣王の番

なの
BL
獣王国の若き王ライオネルは、和平の証として差し出されたΩの少年ユリアンを「番など認めぬ」と冷酷に拒絶する。 虐げられながらも、ユリアンは決してその誇りを失わなかった。 しかし暴走する獣の血を鎮められるのは、そのユリアンただ一人――。 やがて明かされる予言、「真の獣王は唯一の番と結ばれるとき、国を救う」 拒絶から始まった二人の関係は、やがて国を救う愛へと変わっていく。 冷徹な獣王と運命のΩの、拒絶から始まる、運命の溺愛ファンタジー!

αからΩになった俺が幸せを掴むまで

なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。 10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。 義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。 アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。 義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が… 義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。 そんな海里が本当の幸せを掴むまで…

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

炊き出しをしていただけなのに、大公閣下に溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 希望したのは、医療班だった。  それなのに、配属されたのはなぜか“炊事班”。  「役立たずの掃き溜め」と呼ばれるその場所で、僕は黙々と鍋をかき混ぜる。  誰にも褒められなくても、誰かが「おいしい」と笑ってくれるなら、それだけでいいと思っていた。  ……けれど、婚約者に裏切られていた。  軍から逃げ出した先で、炊き出しをすることに。  そんな僕を追いかけてきたのは、王国軍の最高司令官――  “雲の上の存在”カイゼル・ルクスフォルト大公閣下だった。 「君の料理が、兵の士気を支えていた」 「君を愛している」  まさか、ただの炊事兵だった僕に、こんな言葉を向けてくるなんて……!?  さらに、裏切ったはずの元婚約者まで現れて――!?

処理中です...