人形と皇子

かずえ

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第二章 人として生きる

79 緋椀 1

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 門の前で、きれいに崩れる屋敷を見ていた。爆発音が腹に響く。懐かしい感覚。戦場から帰ってきたのは、ついこの間だというのに。

「……特に、何とも思わなかったわ。」

 乙羽おとわさんがぽつりと呟く。

「私、ここに住んでいた覚えが無いのかも……。」

 急に騒がしくなって、門から黒い服を着た者が走り出て来る。
 使用人が避難している感じで危険は無さそうだが、人が増えたので作治さくじさんと二人で辺りを警戒する。

「喪服。皆、喪服を着てる。」
「もふく?」
「人が亡くなった時に着る服よ。」
「ふーん。」

 乙羽おとわさんと成人なるひとの声。屋敷はただ崩れていき、火の手は上がらなかった。見事な手際だ。

「二条の家の誰かが死んだのだとしても、悲しくは無いみたい。」
「うん。」
成人なるひとが死んだら泣くわ。」

 乙羽おとわさんの言葉に成人なるひとが驚いた顔を見せた。

「大好きだから。緋色ひいろ殿下が死んでも泣くわ。吉野よしの斑鹿乃むらかのが死ぬのも嫌よ。でも。」

 言葉を切って乙羽おとわさんは、崩れていく屋敷と門から出てくる喪服の使用人を見る。

「この光景に心は動かなかった。」
「俺が死んだら泣くの?」

 成人なるひとが不思議そうに尋ねている。二人はとても仲が良さそうに見えたから、そりゃそうだろうと思うのだが、本当に分からないようだ。

「泣くよ。悲しい。死んだらもう二度と話せない、触れあえない。寂しいよ。」
「……うん。乙羽おとわと話せないと嫌だ。」

 小柄な二人がそっと抱き合った。成人なるひとの肘までしかない左腕ごと乙羽おとわさんは抱きしめている。
 戦闘人形ドールなんだよな……、と不思議な気持ちで成人なるひとをまじまじと見てしまう。開かない左目の上に縦に走った傷跡。細くて小さな体。あの戦場で、確かに敵だった。

常陸丸ひたちまるが死んだら私も死ぬから寂しくは無いけれど。」
「俺も、緋色ひいろが死んだら死ぬー。」

 物騒なことを言い出したな……。
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