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第三章 幸せの行方
4 力丸 2
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高校が終わる。二月に入るともう、登校しなくてよくなるので、進路の決まっている俺は暇だ。運転免許がいるから自動車学校へは行きたいけれど、誕生日が三月の俺はまだ通えない。十八歳になるまで、暇だ。
暇なのに、訓練に身が入らない。だって相手がいないんだ。俺は強くなった。強くなったのに。
成人。
また、やろうと約束したじゃないか。いつでも俺たちは、最高の相手だったじゃないか。
今ならもっといい勝負ができる。絶対だ。
最後に会ったのは、緋色殿下が離宮に移る手伝いをした時だった。
周りであんなにがやがやと騒いでいるのに、気を失うかのように、こてんと倒れていた。糸の切れた人形みたいに静かに崩れた。
体に力が入らないらしい。
どんなに周りが騒がしくても起きやしない。起きたら申し訳なさそうに落ち込む。
トイレに行ってご飯を食べるのが精一杯だ。
なんだよ。赤ん坊かよ。年寄りかよ。違う。十五歳だろ。十五歳って言ったじゃないか。
「なるちゃんが寂しがってたよ」
毎日離宮へ通って成人の様子を見ている母上が言う。
「言わねえだろ、そんなこと」
だいたいあいつは大して喋らないし、寂しいとかそういうの分かってるのかも分からない。
「言わなくても分かるよ。力丸の名前を聞くと眉が下がるからね」
なんだよ。分からないの俺だけかよ。緋色殿下も成人は分かりやすいとか言ってたし、なんで俺だけ分かんないんだよ。
「口で言えよ……」
「もし言ってくれても、ここにいたら聞こえないね」
母上の言葉に重い腰を上げる。夕方に着いたけれど、離宮にあっさり入れてくれた。
成人の部屋の前に兄上がいる。殿下の部屋でもあるから、殿下が部屋にいるのか。
「入っていいよ」
仕方ないから、また今度来ようと思っていたら、兄上が扉を開けてくれた。
躊躇いながらも中に入る。
ベッドの帳が下りていた。殿下が寝てるんじゃないのか。いいのかな。
「成人」
小さい声で言ったつもりだったのに、声は意外と響いて俺がびっくりした。
「力丸?」
小さな声が返ってくる。
ベッドの周りの布を少しだけ開けると、寝ている殿下の隣で成人が横になっていた。右手が上がるから、静かに抱き上げる。
ベッドの布を戻して、成人を抱いたまま、そっとソファに座った。横抱きにして目を合わせる。薄暗い室内でも、この距離なら顔が見えた。
なんだよ。嬉しそうな顔して。喜んでんじゃん。
「元気か?」
「元気」
「そっか」
それから俺は、学校がもう終わりなことや、自動車学校に通って車の免許を取ろうと思ってること、四月からは朱実殿下の護衛の仕事を始めることなんかをぺらぺら喋った。
少ししたら、にこにこ聞いてた成人が、眠たそうに右目をぱちぱちし始める。寝るまいと頑張っているようだ。
「また来るからさ」
「うん」
「明日も来るよ」
「うん」
腕のなかで目を閉じた成人をぎゅうと抱き締める。
神様、速さも強さもいりません。俺に、成人の体を治せるようになる脳みそをください。
暇なのに、訓練に身が入らない。だって相手がいないんだ。俺は強くなった。強くなったのに。
成人。
また、やろうと約束したじゃないか。いつでも俺たちは、最高の相手だったじゃないか。
今ならもっといい勝負ができる。絶対だ。
最後に会ったのは、緋色殿下が離宮に移る手伝いをした時だった。
周りであんなにがやがやと騒いでいるのに、気を失うかのように、こてんと倒れていた。糸の切れた人形みたいに静かに崩れた。
体に力が入らないらしい。
どんなに周りが騒がしくても起きやしない。起きたら申し訳なさそうに落ち込む。
トイレに行ってご飯を食べるのが精一杯だ。
なんだよ。赤ん坊かよ。年寄りかよ。違う。十五歳だろ。十五歳って言ったじゃないか。
「なるちゃんが寂しがってたよ」
毎日離宮へ通って成人の様子を見ている母上が言う。
「言わねえだろ、そんなこと」
だいたいあいつは大して喋らないし、寂しいとかそういうの分かってるのかも分からない。
「言わなくても分かるよ。力丸の名前を聞くと眉が下がるからね」
なんだよ。分からないの俺だけかよ。緋色殿下も成人は分かりやすいとか言ってたし、なんで俺だけ分かんないんだよ。
「口で言えよ……」
「もし言ってくれても、ここにいたら聞こえないね」
母上の言葉に重い腰を上げる。夕方に着いたけれど、離宮にあっさり入れてくれた。
成人の部屋の前に兄上がいる。殿下の部屋でもあるから、殿下が部屋にいるのか。
「入っていいよ」
仕方ないから、また今度来ようと思っていたら、兄上が扉を開けてくれた。
躊躇いながらも中に入る。
ベッドの帳が下りていた。殿下が寝てるんじゃないのか。いいのかな。
「成人」
小さい声で言ったつもりだったのに、声は意外と響いて俺がびっくりした。
「力丸?」
小さな声が返ってくる。
ベッドの周りの布を少しだけ開けると、寝ている殿下の隣で成人が横になっていた。右手が上がるから、静かに抱き上げる。
ベッドの布を戻して、成人を抱いたまま、そっとソファに座った。横抱きにして目を合わせる。薄暗い室内でも、この距離なら顔が見えた。
なんだよ。嬉しそうな顔して。喜んでんじゃん。
「元気か?」
「元気」
「そっか」
それから俺は、学校がもう終わりなことや、自動車学校に通って車の免許を取ろうと思ってること、四月からは朱実殿下の護衛の仕事を始めることなんかをぺらぺら喋った。
少ししたら、にこにこ聞いてた成人が、眠たそうに右目をぱちぱちし始める。寝るまいと頑張っているようだ。
「また来るからさ」
「うん」
「明日も来るよ」
「うん」
腕のなかで目を閉じた成人をぎゅうと抱き締める。
神様、速さも強さもいりません。俺に、成人の体を治せるようになる脳みそをください。
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