【本編完結】人形と皇子

かずえ

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第三章 幸せの行方

66  緋色 57

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緋色ひいろ。」
「へ?」

 会議終了と同時に席を立つと、父に呼び止められた。驚いて、間抜けな返事をしてしまう。そういえばこの人は、会議中、一言も口を開かなかったな。賛成の意は、挙手で示したし……。

「あ、ええと、父上。お久しぶりです。」
「お久しぶり過ぎる。少しは顔を出さんか。」
「ええと。そうですね。」

 確かに、帰国の挨拶と、研究所破壊の謝罪はしたが、それだけだったような。
 実質、この国を回しているのは朱実あけみだ。父の方が、手伝いのような形である。そのことを知っている俺は、朱実あけみとは仕事の話があっても、父には特に無くて、すぐに家へ帰ってしまっていた。王城住まいも嫌いでは無かったが、屋敷を貰ってからは、居心地が良くて、全く帰る気が無かったな……。

「お前の愛し子にも、まだ会わせてもらっておらん。」

 少し拗ねたような声音に、呆れる。
 気のいい、普通の父親だ。
 皇帝であるには不似合いな人。
 もともと、伯父上が後を継ぐ予定だったのだから、父には国を回す貫禄はいらなかったのだ。一条を名乗って手伝うつもりで育ってきた父と、次男の伴侶だった母。兄の突然の病死に、誰よりも泣いた話が伝わっている。伯父夫婦に子はおらず、すでに朱実あけみが生まれていた父が、皇帝の血統となった。皇妃となるはずだった伯父の伴侶は、実家に戻り親族と再婚した。突然、皇妃となった母は、頑張って頑張って、頑張り過ぎて心が疲れてしまった。俺が物心ついた頃にはもう、多くの人の前に出ると震えてしまったり、硬直して動けなくなるという症状が出ていて、公務ができなくなっていた。役に立たない自分に落ち込み、一時は自死も望んでいたという。
 子どもを育てる手はたくさんあったので、母がそのような状態でも俺たちが困ることは無かったが、幼い頃は、気楽に近づいてはいけない人だと思っていた。緋見呼ひみこさまや青葉あおばを、母として育ったようなものだ。
 皇帝となるべく育てられた朱実あけみと、覚悟を持ってその婚約者となった赤璃あかりが公務を肩代わりできるようになると、目に見えて、父と母は落ち着いた。
 高校生にもなってからの家族団らんは気恥ずかしかったが、その時に、普通の父親と母親なのだなあ、と気付いたものだ。考えてみれば、俺に皇帝をやれと言われても、全く無理だと思う。皇帝となる兄の手伝いをするつもりでしか、育ってきていないのだから。父と母の混乱は、そういうことなのだ。それでも、立派に務めている偉い人だ。そのことに気付いて、父と母とは、普通の家族として付き合えるようになった。今回も、母に成人なるひとを預けられたのは良かった。

「母上に預けてあります。迎えに行きますが、共に参りますか?」
「ああ、行く。」

 母の部屋をノックすると、すぐにいらえがあった。扉を開けると、揺り椅子に座った母の上に抱いてもらった成人なるひとが、口をぽかんと開けて、金魚の水槽に釘付けになっている。直径一メートル程の円形の水槽には、大きな琉金が一匹、悠々と泳いでいた。台の上に置かれているので、揺り椅子に座ると高さが合ったのかもしれない。母は、優しく笑って、膝の上の成人なるひとをじっと見ていた。時折、成人なるひとの肘までしかない左腕をさすっている。そうすることで、生えてこないかとでも思っているような……。

「お世話になりました。」

 と声を上げると、ようやく成人なるひとがこちらを向いた。
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