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第四章 西からの迷い人
37 草 成人
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朱実殿下の執務室には一人の使用人が呼ばれて、膝をついた包拳礼の姿勢のまま固まっていた。
「失礼します。」
と俺たちが入っても動かない。
「面を上げよ。」
朱実殿下の声に、手の形はそのまま胸まで下ろして顔を上げた。
「そなたは王城に勤めだしてからまだ三ヶ月だったな。緋色の伴侶を見知っておるか。」
緋色の伴侶?はーい、俺です。
手を挙げたかったけど、上官が話してる時に動いてはいけないことは骨の髄まで染み込んでいる。
「いえ、話に聞いただけです。とても小柄で可愛らしい方だと伺いました。」
「成る程。」
「あの……?」
緊張しながらも首を傾げているのは、まだ俺や村次と同じくらいの年齢に見える女の子だ。俺は最近、性別の違いが前より分かるようになった。勉強する前は、性別ってのも知らなかったからね。あの子は髪の毛も長いし小さめだから、たぶん女の子だろう。
「紹介するよ。」
朱実殿下が執務机に座ったまま、机の横に立つ俺と緋色の方を向く。
「緋色の伴侶の成人だ。」
俺は黙って頭をぺこりと下げた。
緋色が女の子を睨み付けながら俺を抱き寄せて、頬にちゅっとした。
女の子の目が大きく見開かれる。それから、ぱちぱちと何度かまばたきしたけれど、口はぎゅっとつぐんで声を出すことは堪えたみたいだ。
びっくりしてるんだよね。
結婚は、男と女ですることが多いって知ってたら、男の伴侶が男って聞いたら驚くものらしいから。俺は結婚は、一番好きな人と生涯を共に生きる約束だと思ってるから、びっくりされることにびっくりしたけど。
「さて、どうしてここに呼ばれているか分かったかな?」
女の子の顔色が真っ青になって、それから決意を固めたように頬に力が入ったのが分かった。
歯を噛みしめるその前に、じいやが口に布を押し込んだけれど。
「半助。この女に見覚えは?」
朱実殿下が声をかけると、隣の部屋に控えていた半助が姿を見せた。半助も黒の軍服が格好いい。動くと、中身の無い右袖がひらりと揺れた。
「ありません。」
「ふむ。経歴に詐称もなく、西の訛りもない。」
「草、かと。」
「草?」
「はい。自国以外の土地に住み着いて暮らし、何も命令がなければ、その土地の者として結婚し、子を育て死んでいきます。」
「ほう。」
「伴侶は何も知りません。生まれた子に小さな頃から真の主の話を繰り返し聞かせ、主から命令が届けば忠実に従う者たちです。何年も何十年も何百年も、そうやって他国に根付き、子を増やして有事に備えてます。」
「成る程。間違いなくここで生まれ育った者だから、見抜くのも難しいのだな。面白いが……。」
口に布を押し込まれて自害することもできなくなった女の子は、腕も押さえられ、淡々と話す朱実殿下に、初めて怯えた目を向けた。
「何百年も続くとは、なんと恐ろしい呪いだろう。」
「失礼します。」
と俺たちが入っても動かない。
「面を上げよ。」
朱実殿下の声に、手の形はそのまま胸まで下ろして顔を上げた。
「そなたは王城に勤めだしてからまだ三ヶ月だったな。緋色の伴侶を見知っておるか。」
緋色の伴侶?はーい、俺です。
手を挙げたかったけど、上官が話してる時に動いてはいけないことは骨の髄まで染み込んでいる。
「いえ、話に聞いただけです。とても小柄で可愛らしい方だと伺いました。」
「成る程。」
「あの……?」
緊張しながらも首を傾げているのは、まだ俺や村次と同じくらいの年齢に見える女の子だ。俺は最近、性別の違いが前より分かるようになった。勉強する前は、性別ってのも知らなかったからね。あの子は髪の毛も長いし小さめだから、たぶん女の子だろう。
「紹介するよ。」
朱実殿下が執務机に座ったまま、机の横に立つ俺と緋色の方を向く。
「緋色の伴侶の成人だ。」
俺は黙って頭をぺこりと下げた。
緋色が女の子を睨み付けながら俺を抱き寄せて、頬にちゅっとした。
女の子の目が大きく見開かれる。それから、ぱちぱちと何度かまばたきしたけれど、口はぎゅっとつぐんで声を出すことは堪えたみたいだ。
びっくりしてるんだよね。
結婚は、男と女ですることが多いって知ってたら、男の伴侶が男って聞いたら驚くものらしいから。俺は結婚は、一番好きな人と生涯を共に生きる約束だと思ってるから、びっくりされることにびっくりしたけど。
「さて、どうしてここに呼ばれているか分かったかな?」
女の子の顔色が真っ青になって、それから決意を固めたように頬に力が入ったのが分かった。
歯を噛みしめるその前に、じいやが口に布を押し込んだけれど。
「半助。この女に見覚えは?」
朱実殿下が声をかけると、隣の部屋に控えていた半助が姿を見せた。半助も黒の軍服が格好いい。動くと、中身の無い右袖がひらりと揺れた。
「ありません。」
「ふむ。経歴に詐称もなく、西の訛りもない。」
「草、かと。」
「草?」
「はい。自国以外の土地に住み着いて暮らし、何も命令がなければ、その土地の者として結婚し、子を育て死んでいきます。」
「ほう。」
「伴侶は何も知りません。生まれた子に小さな頃から真の主の話を繰り返し聞かせ、主から命令が届けば忠実に従う者たちです。何年も何十年も何百年も、そうやって他国に根付き、子を増やして有事に備えてます。」
「成る程。間違いなくここで生まれ育った者だから、見抜くのも難しいのだな。面白いが……。」
口に布を押し込まれて自害することもできなくなった女の子は、腕も押さえられ、淡々と話す朱実殿下に、初めて怯えた目を向けた。
「何百年も続くとは、なんと恐ろしい呪いだろう。」
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