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第五章 それは日々の話
109 ただいま勉強中 成人
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雫石母さまが座った座り心地の良さそうな椅子は、ゆっくりゆっくりと寝た姿勢に倒れて、髪留めを外した長い髪がシャワーでそっと濡らされていった。顔には手拭いが置かれて、お湯がかかっても防げるようにしてある。
着物の袖を紐で止めた女の店員さんの優しい手つきで、ふんわりと香るシャンプーが泡立てられて、髪の毛をあわあわにしてから流され、その後にまた、泡の立たない液を馴染ませて流した。
「今のは何?」
「リンスでございます」
「リンス」
そういえば、お風呂場には同じような入れ物が二つ置いてあったような?俺はいつも、緋色に洗ってもらうから分からないな。
「男の人は、リンスなんてしないかしらね」
手拭いで頭をしっかりと包まれて、座った姿勢に戻った母さまが少し笑いながら言う。
「緋色さんはきっと、リンスはしないでしょうから、なるひとちゃんもしてないんじゃないかしら」
うん。頭洗いはあわあわにして、流して終わり。
「成る程。こちらの方では、男の方の髪は短いことが多いですから、それで問題ないのかもしれませんね」
俺の横で一緒に様子を見ていた店主さんが頷く。雫石さんの髪は、何枚も手拭いを使って、女の店員さんがとても丁寧に水気を拭き取っていった。
「ごしごししない?」
「はい。ごしごしと擦ってはあきません。髪と髪が強く擦れても髪は傷みます。拭き取る時は水分を手拭いに吸わせるようにすると、髪に負担がかからへんのです」
ふんふん。
「櫛で梳く時は、髪の毛の先の方から少しずつ梳きます」
「何で?」
「絡まったまま上から梳くと、下の方の髪に負荷がかかって傷むんです。下の方から順に絡まりを解くようにすると傷みにくいです」
へええ。美容液を塗る前にも色んな気を付けなきゃいけないことがあるんだ。
「皇族の髪を切るのは、決められた者だけの仕事となっておりますので、そちらの作業はお止めください」
俺が店主さんと話していると、ずっと静かに側にいた母さまの侍女さんの鋭い声がした。
「失礼致しました」
「不勉強で、申し訳ございません」
店員さんと店主さんの声が慌てて重なる。手を止めて素早く跪き、包拳礼の形で頭を下げた。
「毛の先が、どうしても先割れしてパサパサと乱れるので、その部分を切って纏まりを良くする作業が、髪の手入れの行程に入っておるのです。誠に申し訳ございませんでした」
「大丈夫よ。決まりだから、ごめんなさいね。そこの作業は飛ばして頂戴」
母さまがのんびりと言って、畏まりました、ともう一度頭を下げてから立ち上がった店主が、美容液がいくつも乗ったワゴンを近くに引き寄せた。店員さんも立ち上がって横に控える。
「髪の毛切る人、決まってたのかあ」
「知らなかったの?なるひとちゃんの髪の毛も切ってもらってない?」
母さまは、俺をじっと見てからくすくす、と笑った。
「もしかして、緋色さんが切ってるの?」
「うん」
「そんなに上手ではないようだけど」
「?」
自分では髪の毛は見えないし、よく分からない。前髪が目にかかると痒いから、前髪が伸びたら切ってもらってる。それ以外は、緋色が好きなようにしてあるよ。頭の手術の時に一度、全部剃ったし、そこから伸ばしてるくらいだから、そんなに長い訳じゃない。
「頭を触られるのが、苦手?」
「たぶん?」
そういえば、頭を撫でられるのは好きだったはずなんだけど、何故かちょっと苦手になった。何でだったかな?緋色なら、大丈夫なんだけど。
「緋色さんに、もう少し練習するように言っておくわね」
母さまは、楽しそうに笑った。
俺は、邪魔でなければ何でもいいよ。緋色にしか触られたくないだけ。
緋色はいつも、俺のお世話しかしないし、上手でも下手でもどっちでもいいんじゃないかな。
「俺が上手になって、母さまにしてあげる」
「そうね。ありがとう」
雫石母さまはまた、楽しそうに笑った。今日の母さまは、お外なのにいつもよりたくさん笑っている。
良かったな。
着物の袖を紐で止めた女の店員さんの優しい手つきで、ふんわりと香るシャンプーが泡立てられて、髪の毛をあわあわにしてから流され、その後にまた、泡の立たない液を馴染ませて流した。
「今のは何?」
「リンスでございます」
「リンス」
そういえば、お風呂場には同じような入れ物が二つ置いてあったような?俺はいつも、緋色に洗ってもらうから分からないな。
「男の人は、リンスなんてしないかしらね」
手拭いで頭をしっかりと包まれて、座った姿勢に戻った母さまが少し笑いながら言う。
「緋色さんはきっと、リンスはしないでしょうから、なるひとちゃんもしてないんじゃないかしら」
うん。頭洗いはあわあわにして、流して終わり。
「成る程。こちらの方では、男の方の髪は短いことが多いですから、それで問題ないのかもしれませんね」
俺の横で一緒に様子を見ていた店主さんが頷く。雫石さんの髪は、何枚も手拭いを使って、女の店員さんがとても丁寧に水気を拭き取っていった。
「ごしごししない?」
「はい。ごしごしと擦ってはあきません。髪と髪が強く擦れても髪は傷みます。拭き取る時は水分を手拭いに吸わせるようにすると、髪に負担がかからへんのです」
ふんふん。
「櫛で梳く時は、髪の毛の先の方から少しずつ梳きます」
「何で?」
「絡まったまま上から梳くと、下の方の髪に負荷がかかって傷むんです。下の方から順に絡まりを解くようにすると傷みにくいです」
へええ。美容液を塗る前にも色んな気を付けなきゃいけないことがあるんだ。
「皇族の髪を切るのは、決められた者だけの仕事となっておりますので、そちらの作業はお止めください」
俺が店主さんと話していると、ずっと静かに側にいた母さまの侍女さんの鋭い声がした。
「失礼致しました」
「不勉強で、申し訳ございません」
店員さんと店主さんの声が慌てて重なる。手を止めて素早く跪き、包拳礼の形で頭を下げた。
「毛の先が、どうしても先割れしてパサパサと乱れるので、その部分を切って纏まりを良くする作業が、髪の手入れの行程に入っておるのです。誠に申し訳ございませんでした」
「大丈夫よ。決まりだから、ごめんなさいね。そこの作業は飛ばして頂戴」
母さまがのんびりと言って、畏まりました、ともう一度頭を下げてから立ち上がった店主が、美容液がいくつも乗ったワゴンを近くに引き寄せた。店員さんも立ち上がって横に控える。
「髪の毛切る人、決まってたのかあ」
「知らなかったの?なるひとちゃんの髪の毛も切ってもらってない?」
母さまは、俺をじっと見てからくすくす、と笑った。
「もしかして、緋色さんが切ってるの?」
「うん」
「そんなに上手ではないようだけど」
「?」
自分では髪の毛は見えないし、よく分からない。前髪が目にかかると痒いから、前髪が伸びたら切ってもらってる。それ以外は、緋色が好きなようにしてあるよ。頭の手術の時に一度、全部剃ったし、そこから伸ばしてるくらいだから、そんなに長い訳じゃない。
「頭を触られるのが、苦手?」
「たぶん?」
そういえば、頭を撫でられるのは好きだったはずなんだけど、何故かちょっと苦手になった。何でだったかな?緋色なら、大丈夫なんだけど。
「緋色さんに、もう少し練習するように言っておくわね」
母さまは、楽しそうに笑った。
俺は、邪魔でなければ何でもいいよ。緋色にしか触られたくないだけ。
緋色はいつも、俺のお世話しかしないし、上手でも下手でもどっちでもいいんじゃないかな。
「俺が上手になって、母さまにしてあげる」
「そうね。ありがとう」
雫石母さまはまた、楽しそうに笑った。今日の母さまは、お外なのにいつもよりたくさん笑っている。
良かったな。
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