【本編完結】人形と皇子

かずえ

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第五章 それは日々の話

132 一番でありたいのに  緋色

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「なるー。私の顔も描いて」

 乙羽おとわの声に顔を上げると、成人なるひとと仲良くくっついて食堂へ入ってくる姿が見えた。昼か。
 ほっと息を吐く。
 月例会議が三日も続き、昼間はほとんど皇城に滞在していた。
 何とか議案をまとめ終えた今朝は、開店したと連絡を受けた商店街の美容液の店へ、目立たぬように視察に出かけてきた。想像以上の人出だった。デパートへの出店も、計画を前倒しにした方が良さそうだ。この寒い時期に、あれほどの客が商店街に足を運ぶとは思わなかった。平日の昼にあれなら、休日には更に増えるのではないだろうか。
 商店街の辺りを担当する警備隊にも声をかけ、しばらくの間、見回りを増やすよう指示を出す。人手が足りないようならすぐに連絡しろ、と言うと、他所よそより手厚くなっておりますので、大丈夫です、と返事がきた。
 そうだった。
 成人なるひとの遊び場だからと、俺が人員を増やしていたな……。
 人出が増えた商店街には適正な人数となったのだから、まあいいか。
 やっと離宮いえに帰って、少し時間は早いが食堂で寛いでいた。常陸丸ひたちまると熱い茶をすすっていると、昼の休憩に入った乙羽おとわが、同じく休憩に入った成人なるひとに声をかけていたようだ。

「えー?」
「お義母かあさんの顔を描いてあげたんでしょ?佐鳥さとりさんにも」

 佐鳥さとり?誰だ?
 あいつ、母上の顔を描きたがってたんじゃなかったっけ?

「んー。いいけど……」
「やったー。可愛く描いてよ?」
「可愛く……。乙羽おとわは綺麗なんだけど」

 食堂の机に、白い紙と鉛筆が取り出された。手にぶら下げてた袋に入れていたらしい。

「持ち歩いてんの?」

 身軽に立ち上がって乙羽おとわに近寄った常陸丸ひたちまるが、成人なるひとに声をかける。

「うん。見ながら描くと描きやすいから」
「へえ。顔を描いてんのか」
「うん」

 練習か?
 一つのことにのめり込む性質の成人なるひとのことだから、今の頭の中はそればかりになっているんだろう。
 だが、寝る前の報告で、お絵描きしてる、としか聞いていないぞ?色んな人の顔を描いて歩いているのか?
 不意に隣に人影を感じて見上げると、年齢の分かりにくい女が一人、素早く膝をつき、そのまま正座した。離宮いえの中で気配を消して歩くな。驚くだろうが!
 俺の苛立ちに気付いた様子もなく、にこりと笑った女が紙を一枚、掲げ持っている。笑うと、目尻に皺が見えて、はじめの印象よりも年齢が上なのだろうと思わせた。離宮ここにいるのだから、警戒する対象であるわけがないのだが、誰だったか思い出せない。
 見せてくる紙には拙い丸や線を組み合わせて人の顔が描かれていた。何となく、それを持っている女に似ている。「さとり」と成人なるひとの筆跡で顔の上に書いてあり、「成人」と下側に署名もある。
 ああ、これが佐鳥さとりか。まじまじと顔を見ると、名前が分かったこともあって唐突に思い出す。村正むらまさの妻か。一ノ瀬いちのせの当主夫人。潜入調査をさせたら右に出るものはいない、と荘重むらしげが言っていた。
 年齢すらもよく分からないその佇まい。気配を、普段からほとんど持たないこと、特別整っている箇所もなく乱れた箇所もない顔の造作、中肉中背の体つき、様々な要因が重なって、認識を薄くしている。
 有能なのだろうな、という恐らく四十路近い女が、嬉しそうに見せる成人なるひとの描いた拙い絵。

「描いてもらったのか?」

 こくこくと頷く様は、幼い者のようだ。

「宝物です」

 佐鳥さとりはそう言って、絵を大切に持って消えた。
 そりゃ良かったな……。
 いや、まて?

「描けた!」

 成人なるひとの声に三人が集まっている辺りを向く。食堂に、ちらほらと使用人が集まり出して、何人かが、絵を描く成人なるひとを優しい顔で覗き込んでいる。

「はい」
「わー、ありがと!大事にするね」

 描き上がった絵は、簡単に乙羽おとわの手に渡った。
 まてまて。
 そうやって、描いた相手に出来上がった絵を渡して歩いているのか?
 俺は慌てて立ち上がって人だかりに近付いた。ざっと成人なるひとまでの道があく。

「おい。俺はまだ、もらってないぞ!」
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