924 / 1,325
第八章 郷に入っては郷に従え
48 これからの話 八代
しおりを挟む
「ごちそうさまでした」
皇太子殿下が、爽やかな笑顔のまま去っていかれた後、気にした風もなくのんびりとおやつを食べておられた成人殿下もまた、右手の平を左の肘につけて挨拶をされ、にっこりと笑われた。
「俺は、これが好き。でも、緋色はあんまりだから、朱実殿下もあんまりだった」
「はい。そのようでございます」
「うん。じゃ、帰る」
「はい。貴重な品とご意見をくださり、ありがとうございました」
「うん。広末に言っておくね」
「はい。よろしくお願い致します」
立ち上がった成人殿下を、一同で立ち上がってお見送りする。
「あ」
メモ帳とペンを鞄にしまいかけた殿下の声。
「これ、どうぞ」
手渡されたのは、折りたたまれた一枚の紙。小さな鞄に入っていたらしい。
「はっ。お受け致します」
私が紙を受け取ると、成人殿下はすぐに出口へ向かわれた。
「また来るねー」
「お待ち致しております」
頭を下げ、戸が閉まる音を聞き終わると、知らず安堵の息が出た。成人殿下は大変に愛らしく、作業の邪魔をされるようなことは決してないので、いくらでも滞在してくださって構わないのだが、その愛らしさ故に、うっかりと不敬を働く者がいないとも限らない。昨日のように。昨日のことを思えば、どうしても強く緊張してしまうことは、止められない。
昨日、三人の料理人がこの厨房を去った。最終的な理由は不敬であったが、味くらべのことも公表されるという。もう料理人としての職は望めまい。共に腕を磨いてきた者として、少しだけ心が痛んだ。もう少し早く、離宮の料理の素晴らしさを伝えることができていれば、或いは……。いや。結婚披露宴の手伝いを拒んだ面々に、あの料理や料理人たちの素晴らしさは、決して伝わらなかっただろう。そのようにと育てられた価値観を変えることは、容易ではない。
それでも、昨日も手伝いに来てくれた広末に魅了された料理人は、一人や二人ではないようだ。末席の方では、皇太子殿下がいらっしゃっても気にせず、成人殿下の持ってきてくださったおやつを味わっている様子が見えていた。
たった一日で、どうやら昨日の顛末をほとんど把握していらっしゃった皇太子殿下。その上で、私や新しい責任者となった矢渡に、大きな拠り所を授けに来てくださった。
つまり、私のしていることは正しいのだと後押しをしてくださったと言うことで。
「一体、これはどういった話なのだ」
席に腰を落ち着け、少し冷めた茶を飲もうとする頭上に、低い声が響く。昨日は休みであった班の面々と班の責任者である佐波が、立ったままこちらを睨み付けていた。
「ああ。朝にも軽く説明をしたが、今後は、指南書にとらわれず、食べてくださる方々の好みをしっかりとお聞きして食事をお作りできるよう精進しよう、という話だよ」
理解してくれることを願って、ゆっくりと口を開いた。
皇太子殿下が、爽やかな笑顔のまま去っていかれた後、気にした風もなくのんびりとおやつを食べておられた成人殿下もまた、右手の平を左の肘につけて挨拶をされ、にっこりと笑われた。
「俺は、これが好き。でも、緋色はあんまりだから、朱実殿下もあんまりだった」
「はい。そのようでございます」
「うん。じゃ、帰る」
「はい。貴重な品とご意見をくださり、ありがとうございました」
「うん。広末に言っておくね」
「はい。よろしくお願い致します」
立ち上がった成人殿下を、一同で立ち上がってお見送りする。
「あ」
メモ帳とペンを鞄にしまいかけた殿下の声。
「これ、どうぞ」
手渡されたのは、折りたたまれた一枚の紙。小さな鞄に入っていたらしい。
「はっ。お受け致します」
私が紙を受け取ると、成人殿下はすぐに出口へ向かわれた。
「また来るねー」
「お待ち致しております」
頭を下げ、戸が閉まる音を聞き終わると、知らず安堵の息が出た。成人殿下は大変に愛らしく、作業の邪魔をされるようなことは決してないので、いくらでも滞在してくださって構わないのだが、その愛らしさ故に、うっかりと不敬を働く者がいないとも限らない。昨日のように。昨日のことを思えば、どうしても強く緊張してしまうことは、止められない。
昨日、三人の料理人がこの厨房を去った。最終的な理由は不敬であったが、味くらべのことも公表されるという。もう料理人としての職は望めまい。共に腕を磨いてきた者として、少しだけ心が痛んだ。もう少し早く、離宮の料理の素晴らしさを伝えることができていれば、或いは……。いや。結婚披露宴の手伝いを拒んだ面々に、あの料理や料理人たちの素晴らしさは、決して伝わらなかっただろう。そのようにと育てられた価値観を変えることは、容易ではない。
それでも、昨日も手伝いに来てくれた広末に魅了された料理人は、一人や二人ではないようだ。末席の方では、皇太子殿下がいらっしゃっても気にせず、成人殿下の持ってきてくださったおやつを味わっている様子が見えていた。
たった一日で、どうやら昨日の顛末をほとんど把握していらっしゃった皇太子殿下。その上で、私や新しい責任者となった矢渡に、大きな拠り所を授けに来てくださった。
つまり、私のしていることは正しいのだと後押しをしてくださったと言うことで。
「一体、これはどういった話なのだ」
席に腰を落ち着け、少し冷めた茶を飲もうとする頭上に、低い声が響く。昨日は休みであった班の面々と班の責任者である佐波が、立ったままこちらを睨み付けていた。
「ああ。朝にも軽く説明をしたが、今後は、指南書にとらわれず、食べてくださる方々の好みをしっかりとお聞きして食事をお作りできるよう精進しよう、という話だよ」
理解してくれることを願って、ゆっくりと口を開いた。
1,235
あなたにおすすめの小説
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
『アルファ拒食症』のオメガですが、運命の番に出会いました
小池 月
BL
大学一年の半田壱兎<はんだ いちと>は男性オメガ。壱兎は生涯ひとりを貫くことを決めた『アルファ拒食症』のバース性診断をうけている。
壱兎は過去に、オメガであるために男子の輪に入れず、女子からは異端として避けられ、孤独を経験している。
加えてベータ男子からの性的からかいを受けて不登校も経験した。そんな経緯から徹底してオメガ性を抑えベータとして生きる『アルファ拒食症』の道を選んだ。
大学に入り壱兎は初めてアルファと出会う。
そのアルファ男性が、壱兎とは違う学部の相川弘夢<あいかわ ひろむ>だった。壱兎と弘夢はすぐに仲良くなるが、弘夢のアルファフェロモンの影響で壱兎に発情期が来てしまう。そこから壱兎のオメガ性との向き合い、弘夢との関係への向き合いが始まるーー。
☆BLです。全年齢対応作品です☆
【完結】期限付きの恋人契約〜あと一年で終わるはずだったのに〜
なの
BL
「俺と恋人になってくれ。期限は一年」
男子校に通う高校二年の白石悠真は、地味で真面目なクラスメイト。
ある日、学年一の人気者・神谷蓮に、いきなりそんな宣言をされる。
冗談だと思っていたのに、毎日放課後を一緒に過ごし、弁当を交換し、祭りにも行くうちに――蓮は悠真の中で、ただのクラスメイトじゃなくなっていた。
しかし、期限の日が近づく頃、蓮の笑顔の裏に隠された秘密が明らかになる。
「俺、後悔しないようにしてんだ」
その言葉の意味を知ったとき、悠真は――。
笑い合った日々も、すれ違った夜も、全部まとめて好きだ。
一年だけのはずだった契約は、運命を変える恋になる。
青春BL小説カップにエントリーしてます。応援よろしくお願いします。
本文は完結済みですが、番外編も投稿しますので、よければお読みください。
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
【完結】お義父さんが、だいすきです
* ゆるゆ
BL
闇の髪に闇の瞳で、悪魔の子と生まれてすぐ捨てられた僕を拾ってくれたのは、月の精霊でした。
種族が違っても、僕は、おとうさんが、だいすきです。
ぜったいハッピーエンド保証な本編、おまけのお話、完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
トェルとリィフェルの動画つくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのWebサイトから、どちらにも飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…
こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』
ある日、教室中に響いた声だ。
……この言い方には語弊があった。
正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。
テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。
問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。
*当作品はカクヨム様でも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる