【本編完結】人形と皇子

かずえ

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第八章 郷に入っては郷に従え

48 これからの話  八代

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「ごちそうさまでした」

 皇太子殿下が、爽やかな笑顔のまま去っていかれた後、気にした風もなくのんびりとおやつを食べておられた成人なるひと殿下もまた、右手の平を左の肘につけて挨拶をされ、にっこりと笑われた。

「俺は、これが好き。でも、緋色ひいろはあんまりだから、朱実あけみ殿下もあんまりだった」
「はい。そのようでございます」
「うん。じゃ、帰る」
「はい。貴重な品とご意見をくださり、ありがとうございました」
「うん。広末ひろすえに言っておくね」
「はい。よろしくお願い致します」

 立ち上がった成人なるひと殿下を、一同で立ち上がってお見送りする。

「あ」

 メモ帳とペンを鞄にしまいかけた殿下の声。

「これ、どうぞ」

 手渡されたのは、折りたたまれた一枚の紙。小さな鞄に入っていたらしい。

「はっ。お受け致します」

 私が紙を受け取ると、成人なるひと殿下はすぐに出口へ向かわれた。

「また来るねー」
「お待ち致しております」

 頭を下げ、戸が閉まる音を聞き終わると、知らず安堵の息が出た。成人なるひと殿下は大変に愛らしく、作業の邪魔をされるようなことは決してないので、いくらでも滞在してくださって構わないのだが、その愛らしさ故に、うっかりと不敬を働く者がいないとも限らない。昨日のように。昨日のことを思えば、どうしても強く緊張してしまうことは、止められない。
 昨日、三人の料理人がこの厨房を去った。最終的な理由は不敬であったが、味くらべのことも公表されるという。もう料理人としての職は望めまい。共に腕を磨いてきた者として、少しだけ心が痛んだ。もう少し早く、離宮の料理の素晴らしさを伝えることができていれば、或いは……。いや。結婚披露宴の手伝いを拒んだ面々に、あの料理や料理人たちの素晴らしさは、決して伝わらなかっただろう。そのようにと育てられた価値観を変えることは、容易ではない。
 それでも、昨日も手伝いに来てくれた広末ひろすえに魅了された料理人は、一人や二人ではないようだ。末席の方では、皇太子殿下がいらっしゃっても気にせず、成人なるひと殿下の持ってきてくださったおやつを味わっている様子が見えていた。
 たった一日で、どうやら昨日の顛末をほとんど把握していらっしゃった皇太子殿下。その上で、私や新しい責任者となった矢渡やとに、大きな拠り所を授けに来てくださった。
 つまり、私のしていることは正しいのだと後押しをしてくださったと言うことで。

「一体、これはどういった話なのだ」

 席に腰を落ち着け、少し冷めた茶を飲もうとする頭上に、低い声が響く。昨日は休みであった班の面々と班の責任者である佐波さばが、立ったままこちらを睨み付けていた。

「ああ。朝にも軽く説明をしたが、今後は、指南書にとらわれず、食べてくださる方々の好みをしっかりとお聞きして食事をお作りできるよう精進しよう、という話だよ」

 理解してくれることを願って、ゆっくりと口を開いた。

 
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