【本編完結】人形と皇子

かずえ

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第八章 郷に入っては郷に従え

136 救いようがないほどに  半助

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 はあ、と知らず出たため息に自分で驚いた。皇城から離宮へと帰る足が、どんどんと速くなる。数日間の皇城での仕事は、辛すぎた。
 皇太子殿下のお側に侍るのが大変やったとか、皇城での仕事は緊張感が違ったとかそんなことはない。仕事は仕事や。どこでしても誰についても、護衛の仕事など同じ。護るべき方を護る。それだけ。
 この右腕が無いことに奇異な目を向けられようと、ほんまに皇太子殿下のお側に立つ資格はあるんかと陰口を叩かれようと、そんなんは何も気にならん。気にしたところで腕が戻る訳やなし、お側に立つ資格が何か知らんが、皇太子殿下のご指名で専属護衛の任についとる者を貶すいうことは、指名した皇太子殿下を貶すことと同意。何れお耳に入ることがあれば、皇太子殿下が対処なさるやろう。
 それに、この仕事はほんの数日のことやったからどうでもよかった。訳あって慶事の最中の九鬼くきの城へ入ることが躊躇われる俺のために、力丸りきまるさんが護衛対象の交代を申し出てくれたのだ。皇太子殿下と成人なるひとさまも快く了承してくださった。俺としても、皇太子殿下の護衛はもともとしていた仕事やから何の気負いもない。引き継ぎも何事もなく済んだ。力丸りきまるさんに深く感謝して、数日を過ごすだけのはずやった。
 おみに朝から晩まで一度も会えんことが、こんなに堪えるなんて思てなかった。
 腕を失い、倒れ、そこからまた体を鍛え直して紹介された仕事を始めた頃は、それが当たり前やった。おみは離宮で、俺は皇城で仕事をする。それ以外の時間はずっと共に過ごせるんやから、何の文句も無かった。お金を稼いで髪の香油を買い、おみの髪を手入れしてその体を抱きしめて眠って。もうそれで、満足しとった。こんな幸せなことはない、と。
 けど、成人なるひとさまのお側に侍るようなると、昼もおみに会えるようになった。同じ離宮の中にいるのだ。成人なるひとさまがお茶出しの仕事をするともなれば、厨房へ入っておみの顔が見られた。声が聞けた。昼食を共にできることも多く、休憩の時間をもらえば、移動時間もいらずにおみの顔を見に行くことができた。おみの気配を常に間近で感じられることは、とても幸せやった。
 そんな日々に慣れてしまった後で、昼間に丸っきりおみと会えぬ数日間の、何と辛かったことか。自分で自分が信じられんかった。こんなにも、こんなにも俺は、と。
 おみの身が心配やとか、そんなことはこれっぽっちも思っとらん。俺たちの離宮いえは、世界一安全な場所やから。影たちが、仕事に関係なく全力で守りたいと思って暮らしとる家。住人は皆仲が良うて、おみはいっつも笑っとる。心の底から笑っとる。おみを置いておくんに、こんなにええ場所が他にあるやろか。いや無い。そんな所におみを置かしてもろて、それでも離れとうないと思う俺は、もうほんまに救いようがない。
 それでも、この数日の辛さも今日までやと思えば、足取りは自然と軽くなった。
 明日からはまた、おみの近くで仕事ができる。
 嬉しい。
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