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第十章 されど幸せな日々
32 これだから西賀は 緋色
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「失礼致します。宜しいでしょうか、緋色殿下、旦那さま」
襖の向こうから、先ほど挨拶を受けた梅光の伴侶の声がする。戻ったか、と意識を向けたが、襖の向こうの気配は想像したより少なくて首を傾げた。
「入れ」
「はい。失礼致します」
すっと開いた襖の向こうにはやはり、梅光の伴侶、千代とその護衛の姿しかなかった。きょろ、と視線を巡らせるが、声も気配もない。
あの馬鹿。
このくそ寒い中、あの、無限の体力を持っていそうな姉弟に付いて遊びに行ったんじゃないだろうな? あれほど、すぐに中に入れと言っておいたのに。
さて、風邪をひくか、疲れて寝込むか。
あれは寒いのは苦手だから、すぐに音を上げて屋内に逃げ込んでくるだろうと思っていたのに。何か、ものすごく楽しいことをみつけて寒さを感じていないのか? それとも、あの柔らかくて軽い上着が、かなりの優れものなのか。
衣装部の腕の良さも考えものだ。
「ああ、礼はもういい」
律儀に包拳礼をする千代と護衛に手を振れば、はい、と顔を上げた千代は、ふふっと笑った。
「緋色殿下。成人殿下と一緒でのうて、申し訳ありません」
千代は、綺麗な所作で部屋の中へと入り襖を閉めると、笑顔のままでそう言った。
ちっとも申し訳なさそうでは無いな?
「……どこへ行った?」
「うちの子らと成人殿下は風呂屋へ」
「風呂屋……?」
「殿下」
少し声に力がこもってしまった。常陸丸の声に深呼吸して見てみれば、部屋の中の者たちは、おや、と少し首を傾げているくらいのものだった。
これだから西賀は居心地がいい。離宮と同じくらいに。
「悪い。あいつは、風呂はあまり得意じゃない」
「ええ。護衛の方もそのように仰っておられました」
「そうか」
利胤が伝えた上で行ったのか。なら、まあ。
「風呂へ入るのは緋色殿下と入る、と仰っておられたんで、これはどうやら見学やな、と気付きまして。どうぞ存分に見学してきてください、とお伝えすると、楽しそうに行かれました」
「そうか」
風呂は俺と入る。約束はきちんと覚えていたようだ。
まあ、あれだ。
どうせ、あれだろ。風呂屋と聞いて、風呂を売るのか、とか何とか考えたんだろ? 八百屋とか、その辺を思い浮かべたんだろ?
ああ、そうか。
「あの、汚いのを洗いに?」
ぶっ、と常陸丸が吹き出して、千代もまた、ふふっと笑い声を上げた。よく笑う質らしい。成人が好みそうだ。
「あの、汚いの……ふふっ、ふ。それがですねえ、そのつもりでしたんやけど、どうにもこうにも今の自分の現状を理解できんようで、話が通じませんのや。風呂屋に連れていくにも、何にも持ってへんから、洗ても着替えもできしません。着替えを貸してくれと頭を下げるとも思えません。生かす道筋が全く見えませんでしてね。成人殿下が無礼討ちをすると仰ってくださったんですけど、あんなんの命を誰ぞが背負うこともない、と護衛の方がお止めくださいました。その後、護衛の方の提案で、あれは放免することと相成りました」
「放免?」
「ええ」
「放免……。くっ、ははっ。ははは」
あれを、野に放つのか。
ずいぶんと、迷惑な。
襖の向こうから、先ほど挨拶を受けた梅光の伴侶の声がする。戻ったか、と意識を向けたが、襖の向こうの気配は想像したより少なくて首を傾げた。
「入れ」
「はい。失礼致します」
すっと開いた襖の向こうにはやはり、梅光の伴侶、千代とその護衛の姿しかなかった。きょろ、と視線を巡らせるが、声も気配もない。
あの馬鹿。
このくそ寒い中、あの、無限の体力を持っていそうな姉弟に付いて遊びに行ったんじゃないだろうな? あれほど、すぐに中に入れと言っておいたのに。
さて、風邪をひくか、疲れて寝込むか。
あれは寒いのは苦手だから、すぐに音を上げて屋内に逃げ込んでくるだろうと思っていたのに。何か、ものすごく楽しいことをみつけて寒さを感じていないのか? それとも、あの柔らかくて軽い上着が、かなりの優れものなのか。
衣装部の腕の良さも考えものだ。
「ああ、礼はもういい」
律儀に包拳礼をする千代と護衛に手を振れば、はい、と顔を上げた千代は、ふふっと笑った。
「緋色殿下。成人殿下と一緒でのうて、申し訳ありません」
千代は、綺麗な所作で部屋の中へと入り襖を閉めると、笑顔のままでそう言った。
ちっとも申し訳なさそうでは無いな?
「……どこへ行った?」
「うちの子らと成人殿下は風呂屋へ」
「風呂屋……?」
「殿下」
少し声に力がこもってしまった。常陸丸の声に深呼吸して見てみれば、部屋の中の者たちは、おや、と少し首を傾げているくらいのものだった。
これだから西賀は居心地がいい。離宮と同じくらいに。
「悪い。あいつは、風呂はあまり得意じゃない」
「ええ。護衛の方もそのように仰っておられました」
「そうか」
利胤が伝えた上で行ったのか。なら、まあ。
「風呂へ入るのは緋色殿下と入る、と仰っておられたんで、これはどうやら見学やな、と気付きまして。どうぞ存分に見学してきてください、とお伝えすると、楽しそうに行かれました」
「そうか」
風呂は俺と入る。約束はきちんと覚えていたようだ。
まあ、あれだ。
どうせ、あれだろ。風呂屋と聞いて、風呂を売るのか、とか何とか考えたんだろ? 八百屋とか、その辺を思い浮かべたんだろ?
ああ、そうか。
「あの、汚いのを洗いに?」
ぶっ、と常陸丸が吹き出して、千代もまた、ふふっと笑い声を上げた。よく笑う質らしい。成人が好みそうだ。
「あの、汚いの……ふふっ、ふ。それがですねえ、そのつもりでしたんやけど、どうにもこうにも今の自分の現状を理解できんようで、話が通じませんのや。風呂屋に連れていくにも、何にも持ってへんから、洗ても着替えもできしません。着替えを貸してくれと頭を下げるとも思えません。生かす道筋が全く見えませんでしてね。成人殿下が無礼討ちをすると仰ってくださったんですけど、あんなんの命を誰ぞが背負うこともない、と護衛の方がお止めくださいました。その後、護衛の方の提案で、あれは放免することと相成りました」
「放免?」
「ええ」
「放免……。くっ、ははっ。ははは」
あれを、野に放つのか。
ずいぶんと、迷惑な。
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