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第一章 大領地の守り子
29結果を皆さんに報告します
しおりを挟むジビリアンという魔獣は群れをなすようにどんどんこちらにやってきます。
先生とわたくしはそれを一匹ずつ倒していきます。
足元には死んだジビリアンの魔鉱がゴロリゴロリと転がっており、踏まないように気をつける必要が出てきました。これだけ魔鉱があれば新しい武器が作れそうですね。
「リジェット、魔獣は魔力を取り込むと強くなってしまう性質があるから、血が出ても地面に落とさないように気をつけて!」
「かしこまりました!」
剣を振るい、一通り倒したことを確認すると額の汗を拭いながらふう、と息をつきます。
「これであらかた倒し終わりましたかね?」
「うん……。そうかな? っ! リジェット前!」
先生の鋭い声が耳に届いた時には目の前に巨大なジビリアンがわたくしの方に飛び込んでくるところでした。
あ、遅い。そう思ったときには魔獣はもう目の前に襲いかかってきます。
魔獣の鋭い爪がわたくしの目の前に伸びてきたそのとき、しゃがれた腕が目の前に食い込むように入り込んできます。
それは先生の腕でした。
ピカッと目の前に光の魔法陣が展開されます。
目の前に広がる精密で芸術的な魔法陣はだんだん大きくなり、魔獣を包み混むように網状になります。
最終的に魔法陣に完全に捕縛された魔獣は苦しそうに地面に転がっていました。
……すごいです。防御する、攻撃する、捕獲する、魔力を奪う。一つの魔法陣に四段階の効果が付随しているなんて。
「先生!」
「よかった。間に合ったようだね」
「せ、せんせぃ~、お怪我はありませんか?」
先生の腕をとって、さすりながら怪我がないか確認しましたが、先生には一つも怪我はありません。
本当に、本当によかったです。
わたくしのせいで、先生に怪我をさせてしまったらどうしようかと思って……。
安心したら、ポロリと涙が出てしまいます。先生はそれを人差し指で優しく拭ってくれました。
「リジェット、危ないことをしたという自覚はあるかな?」
「はい」
わたくしは先生のお説教を大人しく受け入れます。
「先生を守りたかったのに、逆に守られてしまうなんて、騎士見習いとして失格ですよね」
自分の不甲斐なさにシュンとしてしまいます。
「うん、そうだね。これに懲りたら……」
「だからわたくし! もっと精進します!」
「……ん?」
おや……。話の方向がおかしいぞ、と顔に書いてある先生の顔をしっかり見て、わたくしは自分の意思をキッパリと告げます。
「わたくし、剣を振るう練習はしておりましたが、実践が全くなっていませんでした。
まずは弱い魔獣から、倒す訓練を始めます!
誰にも知られないように森の中に転移陣を配置すれば、しょっちゅうこちらにきて討伐をできるかもしれません。
それにわたくし、今まで攻撃の魔法陣のみの研究に偏っていた部分があったと思います。
それじゃ全然だめですよね?
先生が先ほど使ったように一つの効果ではなく順に展開するような魔法陣の開発もしていかなければなりません!」
全力で努力しますからね! と宣言すると先生はゲンナリとした表情でこちらを見ていました。
「あれ……。どうしてその方向になってしまったんだろう」
先生はどこかがっかりした顔をして、こちらをボーッと消えそうな目で眺めています。
次の目標を見つけてしまいましたね!
やることは盛り沢山です。一つ一つこなしていけば、立派な騎士になれるはずです。
夢が叶うその日まで、わたくしは探究をやめません。
あらかた魔獣を討伐したわたくしと先生は、地面に残った魔鉱を拾い集め、村の集落に戻ります。
森を抜けると、村長のキンと先ほど悪態をついていた少年を中心に何人かの村人が集まっていました。
「リジェット様! ご無事でしたか? お怪我などはありませんか?」
「ええ、大丈夫。それよりも、森にいた魔獣のことだけど、あらかた倒すことができましたよ。まだ残党は残っているかもしれませんので、森に入るのはお勧めしませんが、瘴気は大分少なくなるのではないでしょうか」
それを聞いた村人は顔を見合わせて皆驚いた顔をしています。
「あの魔獣を倒したのか!?」
先ほど言葉を交わした少年の目はキラキラと輝いていました。初めてあった時の軽蔑するような目とは大きく印象が違います。
「この一番大き魔獣を倒したのは先生ですけどね」
「でも他はお前が倒したんだろう!? 」
「ええ……まあ」
「すっげえ! すっげえや! ほんとに倒しちゃったんだ!」
少年は両手を上げたままピョンピョンと飛び跳ねています。そんなに喜ばれるとなんだか照れ臭くなってしまいます。
「本当に、本当に、ありがとうございます! リジェット様!」
キン村長も涙ながらにお礼を言ってくれます。わたくしの手をぎゅっと包み込む様に掴んだ手がふるふると震えていて、その感情の動きがダイレクトに伝わってきます。
「いいえ、わたくしもお兄様たちのように騎士を目指していますから、国民や領民のために剣を振るうのは当然の務めです」
わたくしはあくまでも領主一族の役目だということを強調して、返事をしました。領主一族の役目を果たしたのですから、お父様もとやかく言いにくいでしょう。この土地をこのままにしていたのはお父様ですから。
ニコリと貴族スマイルで対応していると、強い視線を感じました。その方向をみると先ほどの少年がわたくしの方を上目遣いでじっと見ています。少年はぶっきら棒な様子て口を開きます。
「さっきは……。いろいろ言ってごめん。俺、あんたのことただ偉そうなこと言う奴だと思って誤解してた。あんたはこんなに村のために働いてくれる人だったのに……」
「いいんですよ。わたくしがあなたの立場でも同じ様に思ったでしょうから」
その答えに少年の顔がぱあっと明るくなります。
「俺の名前はニエ! 俺はあんたを歓迎する!」
ニエが名前を教えてくれたことにわたくしは驚きます。貴族に名を知られるということは、契約で縛る隙を与えることになりかねませんので、身元が不安定な荒廃した土地の農民の子供は名を明かさないことが多いのです。
それだけニエはわたくしを信用してくださったのでしょう。
「ニエ! その方は高貴な貴族様なんだぞ! ちゃんと敬語を使え!」
村長のゲキが飛ぶ中、ニエはへへへと子供らしい笑顔を見せてくれました。
魔獣討伐に思ったよりも時間がかかってしまったわたくしたちは、急いで家路に向かいます。打ち合わせができなかった分、帰り際に村長に指示書と植物の苗を一式渡しておいたので次に来た時にどうにかなっているといいのですが……。
マルトの村民は字が読める人はあまりいないそうですが、今日話したキン村長とニエだけは字が読めるそうです。二人が中心となってこの事業を進めてくれるそうなので、ひとまずは安心です。
マルトからミームへ帰りの馬車の中でわたくしは、今日のことを思い返します。屋敷周りの街とは様子の違う環境……。実際に地方を回ってみると断片的ににお父様の領地経営の拙さが浮き上がってきてしまいます。
「やっぱりお父様の領地経営ってうまくいっていませんよね……」
わたくしの言葉を聞いて先生は緑掛かった金色の瞳をパチクリと瞬かせました。
「どうしてそう思うの?」
わたくしは肩を窄めて、言葉を選びながら自分の考えを説明しようと試みます。
「お祖母様が作り上げたオルブライト領の手工芸が衰退していますし、マルトのようにどう考えても領主の介入が必要な事案まで見逃されているんですもの。わたくしの目から見ても、何をやっているの? と聞きたくなってしまいますよ」
お祖母様は優れた領主であると同時に優れた投資家だったのです。これから伸びる産業の作り手のパトロンになることで、手工芸をオルブライト領の産業の柱に育てていきました。しかし、お父様はせっかく育った産業を放置しています。
このままではお祖母様の代で築いた財産を食い尽くしてしまう日も近いでしょう。
「まあもともとセラージュは騎士団出身の人間だからね。どっちかっていうと頭で考えるより力を示してトップになるタイプだ」
「それにしても引き継ぎがうまく行っていないのはなぜなのでしょうね? おばあさまの時代から領主に対する側近は変わっていないはずなんですけど……」
お父様の右腕を務めるベルグラードを始め、お父様のもとには優秀な側近がたくさんいるはずです。
「きっとオルブライトという土地柄にはもともと、ヒノラージュの様に細やかな視点を持てる人間の統治が向いているんだろうね。ただでさえ広いし、拾いきれないところもあるだろうから」
「ということは誰かが、その拾いきれない部分をフォローする必要があるということですね」
「え、リジェットまた何かやるつもり……?」
嫌な予感がする……と先生が青い顔で呟きました。
「わたくしもちろん夢は王家の剣として騎士になることですが、騎士って若い頃しかできない職業だと思うんですよね。どうしても体を酷使する仕事ですし」
「まあ、退官はどうしても早い傾向があるよね。若い人材の指導に回る人もいるけど、ほんの一握りだし……」
「先生、わたくしが人材育成をする様子を思い浮かべられますか?」
「……全然できない」
先生は間髪入れずに答えます。
「即答ですか……」
あまりの速さに聞いたわたくしでさえ、ちょっと落ち込んでしまいました。
「いや、僕も人に教えるの苦手だなあと思うし、言える立場じゃないんだけど。リジェットとは感覚が似てるのと百回やって覚えてって言えば覚えてくるタイプだからなんとかなってるだけで、他の人間に教えろって言われても無視だし……。
でもそれ以上に、リジェットは努力の天才だし発想と行動力の塊だから、それと同じ基準を周りの人間に押し付けそうで怖いなあっと思ったんだよ。周りの人間ができないことに対してなんでできないんですか? って真顔で聞きそう」
「……なんだかいきなり褒められた様な貶された様な……。貶されてますか?」
「いや、褒めてるよ。なんでも繰り返しやれば絶対できるっていうのはできる人の傲慢さだからね。何回やっても努力してもできないってことはほとんどの人が持っていることだろう?」
「先生が早く歩けないみたいに?」
「嫌な例えだな……。でもそうだよ、誰にだってある。それが理解できない君には指導者は絶対向かない」
先生はバッサリと言い切りましたが、この意見にはわたくしも賛同します。
「そうなると、わたくしが騎士になっても退官後にできる事業を今のうちから作っておくのも悪くはないと思うのですよ。
わたくしが関わっている人間は幸いなことに、自分で動けて且つ探究心があるタイプが多いので、枠組みだけ整えて、自由にやらせておけば一定の結果が出るでしょう。退官後、仲間に入れてもらいますよ」
わたくしは家具職人のシェカや料理人のタセの顔を思い返します。二人に共通しているのは、資本を与えれば探究心を持って自分の仕事を追求する性質があるということです。
先ほど出会ったニエにも思うところがあります。あの荒廃したマルトという土地で、言葉を学ぶことができている、ということは素晴らしいことです。多分、学習能力が高いのでしょう。ニエは将来化ける可能性があります。
使える人間は今から押さえておきたいですね。
「そんな先のこと考えるなんて、子供らしくない堅実さだね……。なんか末恐ろしいんだけど」
「あら、将来が有望って言ってくださると嬉しいんですけど」
「物も言いようだね……」
先生は馬車の木枠に頬杖をついてだらっと脱力し呆れた顔をしています。
なんだかわたくし、最近先生のこんな顔しか見ていない気がするのですが、気のせいでしょうか。
マルト訪問から数日後、わたくしはオルブライトの屋敷の自室の机で一人転移陣と向き合っていました。
以前先生と作成した転移陣ですが、右端部分の動の要素内に描かれているのが位置情報だと思うのですよね……。
わたくしは新しい紙を用意し、位置情報をミームからマルトに書き換えた魔法陣を作っていきます。
完成した魔法陣を見直し、不備はなさそうだったので、それを持って資料室に移動します。
マルト行きの魔法陣を作動させると、わたくしの狙った通り、魔獣が出現した森の中に転移しました。
「なるほど……。これなら位置情報は書き換えられますね」
ついに先生に教えていただかなくても魔法陣の書き換えができる様になったことが嬉しくてつい、バタバタと跳ね上がってしまいます。
よし、今日は魔獣の残党を狩ってしまいましょうね。新しい武器のための魔鉱も欲しいですし……。今日は水の日ではなく、ラマが他の仕事に出かけた(多分情報収集)隙を見計らってマルトに来ているので、一時間ほどしか時間がありません。まあ、この国の一時間は八十分なので意外と時間はあるのですが……。ハルツエクデンも忍の生きていた世界と同じ様に一日が1440分なのは同じなのですが、一時間が八十分なので十八時間しかありません。
忍の記憶を思い出すと齟齬が発生しますが、わたくし自身はこの表記に慣れてしまっているので、特に不便は感じません。
おっと、考え事をしているうちに魔獣の気配がしてきました。わたくしはネックレスを掴み、剣を出現させます。
出てきたのはサーチェスと呼ばれている、翼のついた蛇の様なニョロニョロした魔獣でした。
うわっ、気持ち悪い……、と拒否反応を持ってしまったわたくしはなるべく直視しない様にしながら、剣を突き刺し、手早く魔鉱に変えていきます。
今日もたくさん魔鉱が取れたらいいな……、と思っていたのですが、前回の討伐であらかた狩ってしまった様で、あまり数が出てきません。
ガッカリしながら魔鉱物を集め、残った時間で剣の素振りをして過ごしていると草むらから気配がした様な気がしました。この気配は魔獣ではなく人でしょう。慌ててそちらを見返すと、見たことのある黄昏色の瞳と目が合います。
「リジェット様?」
え? ニ、ニエ⁉︎
まさか、この森に人が来ると思っていなかったわたくしは驚いて変な顔をしてしまいました。
「やっぱり! 森の方から音がしたから、リジェット様がいると思ったんだよね。っていうかどこからきたの? 馬車は?」
その言葉にまたまたドキリとします。
「ええっと……。世の中には不思議な方法がいろいろありますからね」
しどろもどろになりながら言葉を濁すと、その様子をみたニエが黄昏色の瞳でじっと探る様にわたくしの目を見てきます。
「ふうーん。領主一族だけの魔法陣とかがあるのかなー? いいなー! 夢みたいじゃん! そんなのあったらどこにだって行き放題なのに!」
見事に確信をついた発言にもうわたくしの汗はダラダラです。ニエは聡い子供なんだわ。
「今日は何しにきたの?」
「この前の残りの魔獣の討伐ですよ。あなたの様に、注意したのに森に入る領民がいると危ないですからね」
ニエのおでこをデコピンして叱る様な口調でいうと、なぜかニエは額を抑えながらもへへへ、と嬉しそうに笑っています。
「領民の暮らしを守るとか、もはや領主の仕事じゃん!」
「領主でなくとも、領主一族は領民の今後の生活のために身を削るものですよ。……というかニエ。あなたは周りに大人がいないと、見事なまでに敬語を使いませんね」
「うん、だってリジェット様は怒んないでしょ?」
ニッと悪戯な顔で笑ったニエの言葉に少しドキッとしてしまいました。ニエはわたくしの性質を見抜いて言葉遣いを判断している様でした。そういえば、先生には敬語で話していたのですよね……。
わたくしを見透かす様な透明な視線を向けたまま、ニエは無邪気に言葉を口にします。
「リジェット様が領主になったらいいのになー!」
ニエのその一言にわたくしは目を見開きます。
「わ、わたくしが領主になるわけないでしょう。上に三人もお兄様がいらっしゃるんですよ?」
「まあ三人もいれば、普通はあり得ないけど、王位継承争いに兄ちゃんたちが巻き込まれたら話は別じゃね?」
ニエが王子たちの王位継承争いを知っていることにわたくしは驚いてしまいました。こんな田舎の子供に伝わるほどだなんて……。ニエが賢いだけなのでしょうか。
「縁起でもないことを言わないでくださいね。わたくしだからいいものの、お兄様たちに伝われば、ニエ、あなたの首が飛びますよ?」
「うへえ。それはいや。口が滑ったってことで見逃して……」
「しょうがないですね……。ニエは軽薄なところがありますから、気をつけてくださいね」
「はーい」
元気に手をあげたニエの様子にわたくしは小さくため息をつきます。
「ねえ……、前から思ってたけどなんでお嬢様なのに剣を振るんだよ? 騎士になりたいって聞いたけど、騎士なんて領主の家のお嬢様がなるような職業じゃないだろう?」
「お嬢様がなる職業じゃない……ですか。でも男とか女とか、そんな縛りってなんの役に立つんですか?」「え?」
「力仕事は女はできない? そんなことはありません。元の力がなければ魔法陣で身体強化をすればいいのです。」
わたくしはニエの瞳を強く見つめながら、わたくしの思いを伝えます。
「わたくしは武の領地、オルブライト家に生まれたものとして、力で国を守る騎士の生き方を誇りに思っていますもの。……それに剣を振っているとさいっこうに生きているって感じがしますね!」
「わあ……、物好き……っていうかもう変態の域だあ……」
一瞬、ニエは引いた様な顔をしましたが、表情を立て直し、すぐにニコニコした笑顔に戻ります。
「いいな~、リジェット様は。いろんな道が選べるんだね。俺みたいな人間とは選択肢の幅が違うんだ」
その言葉にはっとします。
「マルトなんていう……、変に抜け脚しにくい職業のある土地に生まれた俺には選べる未来なんてないでしょ?」
「脚抜けできない?」
その発言に疑問を持ったわたくしはニエに聞き返します。ニエは諦めを滲ませた笑顔で、マルトに生まれた子供たちの実情を教えてくださいました。
「マルトは荒廃しても薬草の産地だからね。薬草の製法を外に漏らさないために、村人が外の土地に出ることを禁じているんだよ。それで食うにも困って飢餓に苦しんでいたんだから馬鹿みたいだけど」
自虐的に笑ったニエは、同情して欲しいわけじゃないんだ、と呟きました。
「俺はここで、生まれてここで死ぬ。それが事実として転がっているだけじゃん? 俺はそれ以外の生き方を知らないし……。本当はいろんなものを見てみたいけど仕方ないじゃん?」
ニエが目尻を一生懸命に下げて苦しげに笑いながらいった“仕方ない“という言葉が頭の中を駆け巡ります。
それは忍が生きていた頃、ずっと心の中に鎮座していた言葉だったのです。誰かのためだもの、仕方ない。私が我慢すればいいんだから、仕方ない。
だめ、ニエはこのままじゃ後悔する。忍みたいに……。
わたくしはニエに後悔なんてして欲しくないのです。そう思ったわたくしは衝動的に言葉を発していました。
「ニエ、本当に得たいものがあるのであれば、わたくしでもなんでも利用しなさい。残念ながら世の中っているのはただ嘆いている弱者にはちっとも優しくできていないのよ」
いきなり、そんなことを聞かされたニエは目を見開いてこちらをみていました。
わたくしは、もう一度畳み込む様に言葉を重ねます。
「動きなさい、掴んだ縁を無駄にしないで」
「リジェット様を頼ったら他の選択肢が選べるの……?」
ニエの声は震えていました。細くすぐに切れてしまいそうな縁の糸を信じていいのか思案しているのでしょう。
「村の決まりとは言っても、領主一族の考えにはなかなか勝てないでしょう。わたくしが村から連れ出す、と言えばいいのではないですか?」
ニエは言葉を発せずに視線をあちこちに漂わせていました。しばらくして考えが纏まったのか、意を決した表情で、答えを口に出します。
「俺……。本当はいろんなものが見てみたい! こんなちっぽけな村だけじゃなくて、街のもの……国中のもの……、国外のこと……、いろいろ知りたいんだ。俺をここから連れ出して、リジェット様!」
はち切れる様な勢いで言ったニエの顔はキラキラと輝いていて、先程の諦めていた顔とは別人の様でした。
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