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第一章 大領地の守り子
48どんな手段でも使っていいんですよね?
しおりを挟む運命の日、わたくしは人生初めての決闘というものに向かいます。
今日、わたくしはお父様と戦い、勝利をして初めて騎士学校に通うことが許されるのです。
お父様に勝つということはなま優しいことではありません。元とはいえお父様は騎士団“王家の剣“、団長だったお方。その実力はあまりにも有名ですから。
お父様に勝たないと、わたくしはすぐにでもお嫁に行かされてしまうでしょう。でも、わたくしは人に決められた人生なんて二度と歩みたくなんかないのです。
自分の運命は自分で切り開かねばいけません。
絶対に、お父様に勝ちましょう。……どんな手を使ってでも。
中庭にギャラリーが集まってきます。
その様子を傍目にラマの方を見ると鎧を着付けてもらう途中、彼女の手がかすかに震えていることに気がつきます。
「ラマ……。あなたが緊張したって仕方がないのではないでしょうか?」
「そうは言っても……。わたくし自身こんなことになるなんて想像もしていませんでしたから……。緊張くらいしますよ」
そう呟くように言われて初めて、ずっと近くでわたくしの面倒を見てくれていたラマでさえわたくしが騎士になる道を貫こうとするとは思っていなかったのだという事実に慄いてしまいます。
きっと屋敷にいる誰もが、わたくしの夢を一時の戯れだと思って本気にしていなかったのでしょう。
「ごめんなさいね。ラマ。わたくしが予想外の事をしでかしてしまうからあなたに心労をかけてしまっているでしょう?」
「いえ……。もうこうなったら、あなたを止めることなんてできませんから。御武運を願っております」
ラマは絞り出すようにわたくしの無事を祈ってくれます。葛藤を持ちながらも、自分の主人を応援するラマ。屋敷の状況から考えるとわたくしの味方なんてすべきではないのに……。ラマがわたくし自身を信じて仕えてくれているのだということをひしひしと感じて、嬉しくなったわたくしは頬を赤く染めます。
「ありがとうラマ、精一杯わたくしは頑張りますからね」
鎧の着付けが済んだ後、動きを確認しながら軽く剣を振っていると視界の端にヨーナスお兄様が小走りで駆け寄ってくるのが映りました。
「ヨーナスお兄様⁉︎ どうしてこちらに⁉︎」
「リジェット、間に合ってよかった! 今日から、騎士学校は長期休暇だからな。……それにしてもまさかリジェットは父上にも決闘を仕掛けるとは……」
帰ってきたらいきなり決闘騒ぎになっていたことに驚いたが、こちらの戦いが始まる前に一声かけておこうと思ってな! と爽やかに言ったお兄様は、本当に急いでこちらにきてくださったようで息を切らしています。
「聞いたぞ、リジェット。騎士学校の入学試験で素晴らしい結果を残したそうじゃないか。兄としてとても誇らしくなったよ」
「まあ! お褒めの言葉、ありがとうございます!」
喜ぶわたくしを見てヨーナスお兄様は、少し瞳を伏せるような表情をしたまま、わたくしの髪を弄ぶように梳きます。
「リジェットは思い返すと、いつも騎士になる努力を誰よりも惜しまない子だったな。
剣のお稽古だって兄妹の中で誰よりも真面目に取り組んでいたし、自分に足りないものを埋めるために、難解な魔法陣だって描いてみせる。
……誰よりも騎士になる努力を惜しまないリジェットは騎士になるにふさわしい人材だと今の私は思うよ。
女性だから、という理由だけでその運命からはじかれる必要なんてどこにもない。
今日の試合は卑怯な手を使ったって、急所を狙ったって、何をやってもいいから騎士学校への入学をお前の手で掴み取れ!」
「ヨーナスお兄様……」
まさか、こんな優しくて愛しみ深い言葉をヨーナスお兄様がかけてくださるなんて思っていなかったわたくしは、気持ちが溢れ出てしまい涙を瞳に滲ませます。
それに気づいたヨーナスお兄様はポケットから徐にハンカチを取り出し、優しい手つきで涙を拭ってくれました。
ヨーナスお兄様は本当に気遣屋で優しいお兄様なのです。
わたくしがメソメソしていたのを振り切るように、ヨーナスお兄様がパンっと背中を強めに叩きます。
「頑張れ、リジェット。この家のものが誰も想像しなかったような未来を、自分の手で切り開け!」
ニッとエクボの出るような深い表情で笑ったヨーナスお兄様に勇気づけられて、わたくしは戦いの舞台となる中庭に足を運びました。
以前は私が騎士になるのを疑うような視線を向けていたお兄様が、わたくしの勝利を願っている。そのことになんだか信じられないような、こそばゆい気持ちになります。
未来は自分の手で変えることができる。そのことをわたくしは実際に体験している途中なのです。
わたくし自身が、わたくしの力を信じることができればお父様にだって打ち勝つことができるはずなのですから。
ビュウと風が強く吹いてきました。雲は厚く、今にも雨が振り出しそうな予感が漂っています。
この感じだと近いうちに激しい嵐が来るのでしょう。木々はザワザワと不穏な音を立てて揺れ騒いでいます。
まるで戦いに挑む、わたくしの心の中を表しているような天気です。
中庭の広場に足を踏み入れると、対戦相手となるお父様が先に待ち構えていました。
お父様も今日の戦いは本気で挑む様子らしく、現役時代に愛用していた鎧と、重厚な鈍色の剣を手にしています。
剣を地面に突き刺し、柄を両手で押さえるような格好で目を瞑り、精神統一をしているように見えました。
久しぶりに見たお父様の騎士姿は、はっとする鋭さを帯びていて、目が離せなくなります。
この人と戦うのだと自覚をすると身震いがしてきますね。
それは喜びを多量に含んだ身震いでした。
……どうしてでしょう。恐ろしい気持ちだってあるはずあのにわたくしはこの人物と剣を交えるのが楽しみで仕方がないのです。
風がおさまると今日の戦いの審判を買って出たヨーナスお兄様が腕を前に突き出します。バッと素早い風切り音とともに腕を振り上げました。
「始めっ!」
開戦の合図でわたくしとお父様はザッと音を立てて宙に飛び、お互いに間合いをとります。
お父様に一撃でも喰らわせられたら、わたくしは潰れてしまいます。まずはやられないように出方を見る必要があるでしょう。
しばらくは見つめ合うだけで、大きな動きは見られませんでした。お互いに動かず、相手の出方を伺っています。
短気なお父様のことですからすぐに動き始めるかと思っていたのですが、そうは行かないようですね。性格と戦法はまた別物のようです。
そのままお互いに動き出さずしばらく時間が立ったところで、わたくしは今後の展開を頭で考え直します。きっとお父様はこの後わたくしが動いたところを一発で仕留めるつもりでしょう。念のため防御の魔法陣を展開した方が良さそうですね。
剣の柄部分に仕込んであった防御の魔法陣を発動させようと、視線を外さないまま握りかたを変えた時でした。
シュッ! そんな鋭い風切り音がわたくしの耳に飛び込んできます。
「……っっ!!」
お父様の鋭い剣筋がわたくしの腕を襲いました。
お父様がぶんと勢いよく振った腕がわたくしの足に掠ってしましました。もちろん剣は模造刀ではありませんからわたくしの足からは血がたらりと出てしまい、足の感覚が鈍くなります。
掠った程度でこの威力、さすがお父様としか言いようがありません。
わたくしは急いで、腕に巻きつけておいた包帯を解きました。
包帯には、わたくしが今描ける全ての魔法陣が羅列するように描き殴られています。
わたくしが血をとめるような魔法陣を展開しようと用意している間にも、お父様は容赦なくわたくしに攻撃を仕掛けてきます。
目の前を通り過ぎた矛先がわたくしの髪をかすり、パラパラと髪が舞い落ちました。
んっ! すごい威力です!
この威力はお父様の腕力だけではないでしょう。これは先生の魔法陣ですね。さすが黒持ちのお父様、魔力が多いこともあって、先生の魔法陣を存分に使いこなしています。
まずいです。このまま押され続けたら……。負ける、その言葉が頭によぎってしまいます。
負けたくない、絶対に諦めたくない!
考えろ! 考えて!
わたくしは知恵を振り絞ってお父様に向かおうとします。
“急所を狙ったって、何をやってもいいから“
そう言ったヨーナスお兄様の言葉がわたくしの頭に響きます。お父様の腰の辺り……文字通り急所に向かって剣を投げます。
力では勝てません。魔法陣でも勝てません。だけど、わたくしが持っている剣は、王家の継承物なのですよ! そのポテンシャルの高さなら……。きっと!
投げる瞬間、大きくなれ! と命じた剣は巨大化し、お父様の急所に向かって衝撃を与えながら大きくなります!
「⁉︎」
まさかうまくクリーンヒットするとは思っていなかったわたくしは、その様子に目を見開きます。
お父様もこの攻撃には何をされたのかわからず、言葉を発することはできない様でした。
中庭を囲む様にして戦いを見ていた、使用人やヨーナスお兄様たちはお父様の苦しみを想像してしまったのか青い顔をしています。
この攻撃により、お父様は膝をつきました。
戦いはあっけなく終わってしまったのです。
「リ、リジェットお嬢様‼︎」
涙を流しながら駆け寄ってきたラマは、わたくしの鎧を触りながら、体に欠損箇所がないか、慌てて確認をしています。
「なあに、ラマ。大丈夫よ? どこも怪我してないわ」
そう声をかけるとラマは安心したように、よかった……。と呟きます。綺麗な勝ち方ではないと思いますが、ラマにとってそれはどうでもいいことのようです。
「リジェット……」
顔をしかめながらヨーナスお兄様もこちらにゆっくり歩いてきました。どんよりとした顔で首をふりふりと振りながら言葉を発しました。
「あれは……。いくらなんでも卑怯だろう」
卑怯? 戦いに卑怯も何もないでしょう。それに……。
「急所を狙えってお兄様言ってたじゃないですか!」
「他の急所があるだろう膝とか!」
まあ! そっちでしたか! わたくしはどうしても勝ちたくて必死でしたから、一番弱いところ以外何も思いつきませんでした。
中庭の中心ではまだお父様が蹲っていました。わたくしは殿方ではないので、痛みが全く想像できませんが、相当ダメージを受けたのだな、と言うことが見てわかります。
わたくしはお父様にそっと近づいて、声をかけます。
「お父様申し訳ございません、その……痛かったですよね……」
「痛いなんてもんじゃない……、死にそうな……、くらい、だ!」
お父様の顔は青白く、冷や汗をたくさんかいている様に見えました。さすがに申し訳なかったですかね? ですが勝つためには手段を選べなかったのですごめんなさい、お父様。
「あの……。これは勝った、と言うことでよろしいのでしょうか、お父様?」
「……」
お父様は何も言葉を発しませんでしたが、沈黙は肯定だと言う認識でよろしいのでしょうか?
どうやらわたくしは、無事に騎士学校へ通えるようです!
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