氷の公爵と呼ばれた旦那様はただのヘタレですし、妻の私は子猫です

菜っぱ

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まだ出会う前の二人はシリアスみが強い 2

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 ミラジェはアングロッタ男爵家の末娘である。
 と、言っても彼女の身分は家の娘達の中では一番低い。

 それどころかその扱いは、男爵家に仕える使用人よりもよほど酷いものであった。

 教養は与えられない。食事も与えられない。部屋も地下室。もはや名前だけある家畜のような扱いだ。

 なぜそんなことが許されてしまうかというと、ミラジェの母は男爵家当主が手を出した使用人__いわゆる妾の子供だったからだ。

 使用人の中でも美しい風貌をしていたミラジェの母は、男爵家当主の命令的求愛に逆らえず、半分脅されるような形で行為を受け入れていた。
 やっとの思いで男爵家から下町へと逃れたミラジェの母は、自身が妊娠していることに気がつき、絶望した。それでもなんとか一人でミラジェを産み育てたのだから、立派な人だとミラジェは思う。

(私は同じような状況に陥ったら、生まれた子供を愛せるだろうか)

 ミラジェの母は不義の子として生まれてしまったにもかかわらず、ミラジェに惜しみなく愛を注いでくれていた。

 目を瞑れば、母の優しくて強い笑顔が蘇る。

「かわいい、かわいい、私だけの大切な子。私はあなたのことが本当に大好きよ」
「お母さん、大好き!」

 どんな瞬間にも慈しみを感じる優しい時間はミラジェにとって幸福そのものだった。

 二人は下町のはずれにポツンと建つ、誰が見ても小さな家だねえ、といってしまうような家に、身を寄せ合うようにして暮らしていた。
 家の中もボロボロで、年がら年中、隙間風が吹き込んでいて、吹けば飛ぶような作りであったし、母の仕事が不安定なこともあり、食事もそこまでたくさんは食べられない生活であった。

 しかしそれでも母からの愛情だけはたくさんあった。

 母はミラジェを毎日優しく抱きしめた。

「ミラジェ。あなたは大好きな人に愛されて暮らすのよ。私にはできなかったことだけど、あなたにならきっとできるわ」

 か細い声で語る母の言葉に、ミラジェは首を傾げた。

「なんで? 私、お母さんのこと大好きだよ! いっぱい愛しているもん! それじゃあダメなの?」

 その言葉を聞いた母は目を丸くした。

「……そうね。私は大好きなミラジェに愛されているものね。それだけで幸せだわ」

 母は今にも消えてしまいそうな儚い笑顔で微笑んだ。
 その笑顔の中にどれだけの苦悩があったのか、ミラジェには想像もつかないが。

 下町で暮らした日々は幸せそのものだった。
 あの日々が続いていたら……。そんなことを今でも思ってしまう程度には。



 母と二人で下町でひっそりと幸せに暮らしていたミラジェだったが、その幸せな時間は六歳の冬、突然絶たれてしまった。

 母親が流行り病の末に亡くなってしまったのだ。

 悲しみに暮れる中、身寄りがなくなったしまったミラジェの元にやって来たのが、当時アングロッタ男爵家当主になったばかりのミラジェの父だった。どうやら、母が生前、自分が死んだ後に面倒を見てくれないかと連絡をしたらしい。

「お前が、リリアーナの子供か……、顔だけはあの女に似ているな」

 初めて見る父は平民として街の隅で隠れるように暮らしてきた自分とは比べ物にならないくらい綺麗な格好をしていた。
 艶のある重そうなベルベット地のロングコート、緻密な刺繍、宝石がこれでもかと盛り込まれたボタン。その全てが、ミラジェの生活に存在しないものばかりだった。
 しぶしぶという様子で向かえにきた父を見て、ミラジェは悟った。

(この人にとって私は本当に必要のない存在だったのだわ)

 不要だが、その身に流れる貴族の尊い血を市井へまき散らさせるのは許せなかったのだろう。
 こうして、ミラジェは下町から貴族家へと迎え入れられる数奇な運命を辿ることになったのだ。

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