氷の公爵と呼ばれた旦那様はただのヘタレですし、妻の私は子猫です

菜っぱ

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まだ出会う前の二人はシリアスみが強い 3

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 それからの生活は、まさに悪夢だった。
 男爵家に引き取られてからは、義母と姉たちにいじめ抜かれる日々が続いた。
 特に義母は愛する夫の愛情を奪った母に似た顔つきをしたミラジェのことを酷く忌み嫌った。

 ミラジェは自分を嫌う義母に対して反抗心は抱かなかった。むしろ無理はないと思って達観しながら受け入れていらくらいだ。

(義母様にとって、私は人生の汚点そのものだろうから……)

 ミラジェの存在は義母にとって、自分が愛されなかったことの証明そのもののように思えるに違いない。
 それでも、自分を養育してくれるなら、どんな蔑みでも甘んじて受け入れよう。そう心の中でルールを定めることにした。

 二人いる姉は、甘やかされて育っていた。欲しいと思ったアクセサリーやドレスを湯水のように与えられ、これこそ、貴族の子女という気高い気質を持っていた。

 それとは反対に、ミラジェには何も与えられなかった。服も、貴金属も、食料も、教育も。姉達に無償で与えられていたものは、妾の子であるミラジェには不要だと判断され、ことごとく排除された。

(それでも、雨風が凌げる家があるだけで私は幸せなのかもしれない)

 もし、母が亡くなって、孤児となった時。誰も自分を引き取ってくれなかったら、自分は生きていなかっただろう。親と家を失い、路上に打ち捨てられるように暮らす自身の姿をありありと想像することができた。きっと、あのまま一人ぼっちだったら、一度だって冬を越えることはできず、命を失っていただろう。

 でも、幸せな記憶を抱きしめたまま、凍え死んでしまえた方が、幸せだったかもしれないと今となっては思う。

 生きていても、命があったとしても、男爵家の暮らしはミラジェにとって、地獄でしかなかった。

 与えられた養育、と銘打った躾は、虐待としかいえぬ仕打ちだったのだ。

 最初は頬を打たれるくらいの折檻だった。

 初めてミラジェの頬を打った義母は、やってしまった、と後悔するような表情を浮かべていた。しかし、回数が増え、ミラジェを殴ることで己の心模様がスッと晴れることに気づき始めると、卑下た顔をして笑うようになった。

「そうよ……。全部この子が悪いんだから。罰は受けなくっちゃね?」

 そう言った母の顔は悪魔的に歪んでいたことを今でも覚えている。

 そこから仕打ちはどんどんエスカレートしていった。
 体の痣は徐々に浅黒く染みつき、古傷はいつしか消えない刻印のように、体を覆った。長年打たれたことであちこちの筋を駄目にしたのか、体の自由は年々利かなくなってくる。

 それでも、姉と義母のいやらしいところは、ギリギリ死なない程度の栄養と治療をミラジェに与えるところだった。

 死にそうで、死なない。そんな消えてしまいそうな境界を一人ぼっちで歩く日々は寂しくて、悲しい。

(もし、誰かが私に温かい愛を向けてくれたら……なんて夢に思うことはあるけれど。きっと私の人生にそんな幸運は訪れない。願うだけ無駄だわ……)

 ミラジェは本当は今すぐにでも死んでしまいたかった。しかし、自死を選ぶには覚悟が足りない。

 自分の存在を心の底では疎ましく思っていたかもしれない母が命をかけてこの世に産み落としてくれたこの命を自分の決断で終わらせてしまうのは、母に対してあまりにも不義理に思えたからだ。

 夢を見ることも許されないミラジェの心は年月を重ねるに連れ、何も感じないほどに凍っていってしまった。

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