氷の公爵と呼ばれた旦那様はただのヘタレですし、妻の私は子猫です

菜っぱ

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その出会いはただの事故2

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 シャルルは陛下に招かれた舞踏会の特別室で仏頂面をしながら、時間を潰していた。

「あの……。坊っちゃん? 会場に踊りには行かないのですか?」

 お供として一緒に会場入りしていた、シャルルの従者であるジャンは、掛けている眼鏡をクイっと上げながら、困った顔で主人に問いかける。

「ジャン……。お前は私にどうしろというのだ……。あの会場に足を踏み入れたら、私はそこで最後、たくさんの女達に囲まれて……大変な目に合うだろう?」
「いやいやいやいや、待ってください! 坊っちゃん? そのために陛下はこの舞踏会を催してくださったのですよ⁉︎  この部屋だって……本来は坊っちゃんがくつろぐための小部屋ではなく、御令嬢を連れ込むための部屋ですよ?」
「だから何度も言うように、私は令嬢に対してそんな不誠実な真似はしない」

 誠実な男、そのものの表情でシャルルが言い切ると、ジャンは呆れてヘナヘナと脱力してみせた。

「高潔なのもいい加減にしてください。ただでさえ私がアレナと結婚する前は、私とあなたができているという噂が飛び交っていたのですよ?」
「……そんな噂があったのか。お前には苦労かけるな」
「いや、本当ですよ。勘弁してください……」

 そんな会話をしている時だった。入り口扉の奥からガタリと何か重みのあるものがあたるような、不審な音が聞こえてきた。

「!」

 シャルルとジャンは衣装の下に隠し持っていた短剣を握り、警戒の体制をとる。

(この部屋に私がいることを知っている人間は陛下以外誰もいない。陛下であればノックくらいするはずだ。……であれば扉の奥にいるのを礼儀知らずの令嬢か、私の命を狙うならずものか)

 シャルルはいかんせん高貴な立場にあるので、命を狙われることも多い。
 とにかく、望んでいないものとの接触は避けなければならない。

 扉がキイと音を立てて開く。
 警戒体制をとっていたシャルルの視線の先にゴロリと転がり込んでくる、物体がうつった。

「……は? 子供?」

 それは小さな子供だった。歳は十にも行かないくらいだろうか。よく見るとその子供は冷や汗をぐっしょりとかいていて、顔も血の気がなく透けるほど青白かった。

 一瞬、体調不良のふりをして近づいてくる刺客かと思い、身構えたが、どう見てもその子供は刺客ではなさそうだ。もう息も絶え絶えで、誰かの命を狙うどころか自分の命さえ消えてしまいそうに見えた。

 顔は驚くほど白く、正気を失った目は視点が定まっていない。
 もう、自分の体重も支えられない子供は、どさりと床に倒れ込む。

 シャルルとジャンは思っても見ない客の登場に顔を見合わせる。

「君……大丈夫かい?」

 返事はなかった。どうやら完全に意識を失ってしまったらしい。
 シャルルは床に倒れ込んだ子供を起こそうと、慌てて手を伸ばす。

(なんだこの子供は……⁉︎  驚くほど軽いぞ⁉︎)

 骨ばんだ青白い腕は今にも折れてしまいそうだった。

「ジャン。この子供をベッドへ」
「はい。かしこまりました」

 ジャンは手際よくミラジェをベッドへと運ぶ。持ち上げたジャンも、シャルルと同じようにあまりにも軽すぎるミラジェの肢体に驚いて目を見開いていた。

(この子供はどこからやってきたのだろう)

 見た目で判断すると、その体は小さい。まだ成人はしていないのだろう。
 あまり主流ではないデザインのドレスからして貧しい貴族の子供なのかもしれない。

(こんな体調の悪そうな子供まで、集められてしまうなんて……)

 少女はガリガリに痩せてはいるが、よくよく観察すると目鼻立ちが整った綺麗な顔立ちしていた。
 シャルルは自分のために集められたであろう子供に対して申し訳のない気持ちでいっぱいになった。彼女の庇護者はどうにか、シャルルとの縁を作るために、年齢の足りていない彼女を無理やりこの会場へと放り込んだのかもしれない。
 そう思うとやりきれない気持ちでいっぱいだった。

 ジャンは少女の首元を触り、脈があるかを確認する。

「いやあ……。いきなり倒れましたから、刺客か縁を持ちたい乱心者かと驚いてしまいましたけど、体調不良の子供だったようですね。今は意識を失って寝ているだけのようです。会場で人酔いでもして逃れてきたのかもしれません」
「ああ。そうかもしれない。それにしても、この子供はどこの御令嬢だろう……」

 せめて目が覚めるまで、ここで寝かせてやろう。そう思ったシャルルはすうと小さな寝息をたてる小さな少女を見つめた。
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