氷の公爵と呼ばれた旦那様はただのヘタレですし、妻の私は子猫です

菜っぱ

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その出会いはただの事故1

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「さあ、戦場についたわよ。……ミラジェ。今日はいい仕事をしたら、特別にパンを一切れ差し上げましょう」

 会場に着いた瞬間、闘志を剥き出しにした上の姉が、腕まくりでもしそうな勢いで、ミラジェに言い放つ。

 王城で開かれた舞踏会はミラジェの想像を遥かに越える煌びやかさだった。
 ドーム状のガラス張りの建物は星あかりとシャンデリアが見事に調和している。宝石が巧みに組み込まれたシャンデリアは多色の光を放ち、今までに見たこともないような不思議で幻想的な美しい空間を作り出していた。

(ガラス張りだから、星と月の明かりを引き出していて、会場全体に夜の暗さはきちんと存在しているのに、シャンデリアの明るさで人の顔はきちんと判別できる)

 暗さと明るさのコントラストが素晴らしく、これを見ただけでここにきてよかったと思える会場だった。
 奥のほうに視線をやるとテーブルに並ぶ美味しそうな料理が並んでいた。ミラジェはそのあまりにいい香りにゴクリと唾を飲む。

 本当は欲望のまま、用意されている皿に、山盛りに料理を盛ってしまいたい。しかし、今日のミラジェには食事をすることは許されていなかった。

 ミラジェは貴族としての作法教育を全く受けておらず、料理を正しく食べることができないのだ。
 それをよく理解していた、ミラジェの姉達は料理を食べることを禁じた。

(こんなにおいしそうな食べ物が山ほどあるのに食べられないなんて……この世は非情だわ)

 気を抜くと涙が出てしまいそうだったが、今日のミラジェは姉達に泣くことも禁じられていた。今日はとにかく姉にかわいがられている妹を演じ、幸せそうに微笑めと命じられていた。

 口角を必死に上げる。笑え。幸福そうに微笑め。

 自分にそう命じ、姉たちの横でミラジェは必死に取り繕っていた。



(あれ? お姉様達がいない)

 少しぼんやりとしているとしているうちに、横にいたはずの姉達がいつの間にかいなくなっていたことに気がつく。
 どうして? さっきまですぐ隣にいたのに。当たりを見回すと、姉達は二人とも会場奥にある異様に女達が群がっているエリアで戦いを繰り広げていた。

 どうやらお目当ての殿方がそこにいたらしい。

(私はどうしたらいいのかしら)

 姉達に事前に与えられたマニュアル通りに動けと命じられていたが、別行動になってしまう自体は想定していなかった。とりあえず、変に目立ってしまうのはまずい。取り残された場所は舞踏会会場の中でも人目が気になる真ん中あたりだった。
 周りに視線をやると何人かの男達が好奇の目で自分を見ていることに気がつく。

(きっとみんな私みたいなみずぼらしい格好の子供がこんなところにいることを疑問に思っているのだわ)

 ミラジェはなるべく目立たぬよう、息を顰めてそろりと壁際に移動した。

(はあ。どうしてみんなこんなところに長時間いられるんだろう。人が多くて、いるだけで疲れてしまうわ)

 栄養失調状態が続いていて、古傷の痛みから体を自由に動かすことができないミラジェにとって、ただでさえ履き慣れていないハイヒールを履いて、いつもの普段着よりも重量のあるドレスを身に纏い動き回ることは、容易なことではなかった。

 それでも、なんとか体を動かし、高い靴でベルベット地の絨毯とドレスの裾が重なり合うことで発生する摩擦を乗り越えて、前に進もうとする。

 もう少しで人目につかない場所だ、と思った瞬間。ミラジェをくらり、くらりと波打つような目眩が襲う。

 その感覚にミラジェはハッと冷や汗をかく。

(どうしよう……このままだと倒れてしまう……! でもこんなところで倒れたら、酷く目立つしお姉様達の顔に泥を塗るわ!)

 そんな大失敗をしたら、どんな折檻が待っているだろう。それを想像するだけで、死んでしまいたい気持ちになる。せめて、倒れるにしても人目につかない場所で意識を失わなければならない。

 ミラジェはふらふらの足で必死に会場を離れる。揺れる意識をなんとか保たせて、舞踏会が行われている会場の広間を抜け、お手洗いに向かう道の途中でミラジェが見つけたのは小さな部屋だった。
 中の様子はわからないが、もう迷う暇はないほど限界だった。

(ああ、もう無理。倒れる……)

 どうか、中に誰もいませんように。目が覚めるまでは一人きりでいられますように。
 ガチャリと扉を開けたミラジェはそこで力尽きて倒れてしまった。

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