氷の公爵と呼ばれた旦那様はただのヘタレですし、妻の私は子猫です

菜っぱ

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まだ出会う前の二人はシリアスみが強い7

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 二人の言い合いが続く中、扉がノックされ、一人の侍女が入室してきた。長い黒髪をきっちりと後ろで一本に三つ編みに結っているその女性は、たおやかな女性、という表現が似合う、上品な侍女だった。

「ジャン。坊っちゃんを責めてはなりませんよ。坊っちゃんがそんな勇気がある殿方だったら、とっくの昔に子供の一人や二人生まれているとは思いませんか?」

 聖母のようなたおやかな笑みをたずさえながら、グサグサと心に突き刺さるような言葉を口にして部屋に入ってきたのは、ジャンと同じく、この屋敷に幼い頃から支えている侍女頭のアレナである。

 このアレナもジャンと同じく、シャルルと同世代の侍女で、幼馴染のように育てられたがために、シャルルに遠慮せず、意見を口に出来る人間の一人だ。

「坊っちゃんは氷の公爵と呼ばれていらっしゃいましたが、この屋敷に仕えるものは皆、坊っちゃんが心優しい誠実な方だということを知っています」
「アレナ……」

 シャルルは長年付き合いのある侍女頭の慈愛のこもった言葉に涙を滲ませた。

「でもそれとこれとは別です」

 アレナの瞳は凍てついた吹雪のようだった。

「うっ!」
「早くさっさと御世継ぎを作ってくださいませんと……この子が仕える主人がいなくなってしまうではないですか」

 アレナは微かに膨らんだ、自分の腹を優しく撫でた。そう、アレナの腹の中には子供がいるのだ。それを見てシャルルは僅かに表情を曇らせた。

(仕事命、一生独身宣言をしていたアレナがこんな時期に子を孕んだ一因は俺にある……)

 子供の父親は、隣にいるジャンである。少し前に、なかなか結婚するそぶりを見せないシャルルに痺れを切らした前当主__シャルルの父が長年付き合いがあり、シャルルを支えてくれるのならば、もはや相手は侍女でも良いのではといいだし、アレナと身分差がある無茶な縁談を持ち込もうとしたことがあったのだ。

 基本的に貴族に持ち込まれた縁談を平民は断ることができない。前当主の口から、縁談が口に出されてしまったところで、アレナの拒否権は奪われてしまう。
 それを躍起になって防いだのが、ジャンである。

 実はジャンは昔からアレナに恋心を抱いていた。しかし同時に幼い頃からともに過ごし、同じ従者として苦楽をともにしてきたアレナはジャンにとって、かけがえのない大切な同僚でもあった。自分の微かな恋心のせいでアレナとの関係性に綻びが出るくらいならばと、自分の思いを心の奥底にしまいながら職務をこなしていたのだ。

 しかし、このままではアレナが望まぬ形でシャルルに娶られてしまうと知るとジャンは早急に動き出した。
 自分の思いを告げ、驚くほどのスピードであれよあれよという間にアレナと婚姻を結んだ。
 側から見ると強引に見えるほどの勢いだったが、愛する女を守るために必死だったのあろう。
 念には念を入れたジャンは、アレナとの結婚が破談にならぬよう、式をあげた直後、すぐさま腹に子供までこさえた。

 結果的にアレナはジャンを憎からず思っていたことがわかり、結果的に二人は幸せに暮らしている。
 アレナも

「シャルル様のおかげで私はよい伴侶と家族を得ることができましたわ。きっと何もなかったら私たちは一緒になっていなかったでしょうし」

 なんていって笑ってくれた。
 しかし、自分との結婚話が持ち上がらなければ、アレナは早急に結婚をする羽目にはならなかったのではないかという思いも拭い切れない。

 シャルルの婚姻関係で運命を狂わされた人間は侍女のアレナだけではない。シャルルと歳周りが近い子女はもれなく、目麗しいシャルルに恋心を抱いた。懸命なアタックの末、思いを諦めきれず婚期を逃したものも多いと聞く。

(俺ごときの婚姻に何人の人間が運命を狂わせているのだろう)

 これ以上の犠牲者が出なければいい。鋭い眼光と、獅子のような顔つきをしているにもかかわらず、心底心優しいシャルルは目を瞑り、神に願うような気持ちだった。

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