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まだ出会う前の二人はシリアスみが強い6
しおりを挟むエイベッド公爵家の当主、シャルル・エイベッドは目の前の執務机に置かれた一通の招待状を見て、深い深いため息をつき、突っ伏すように項垂れていた。
封筒につけられた鷹と薔薇が絡み合うような意匠をもつ仰々しい紋章のシーリングは、間違いなく王家のものだった。
「どうしてあの男はこんな舞踏会なんて催すんだ。行きたくない……」
シャルルの森のようにふくよかな緑色の瞳が鬱々と陰った。深い海のように青い髪を掻きむしり、険しい顔を見せる。
シャルルは長身の体躯と、目鼻立ちがはっきりした美しい見た目をしているので、女性たちに大変な人気を誇っている。しかもこの国で王家を除くと一番高貴な家柄のエイベッド公爵家の一人息子である。
しかし、彼の性格は寡黙で、実直。
女にキャーキャー言われることを決して喜ばず、親しい人間以外には、まったく笑顔を見せない男だ。
女性嫌いなことでも有名で、彼にアタックした女性はどんなに美しい美貌の持ち主でもことごとく振られてしまう。
それゆえに王都の女性たちの間で『氷の公爵』と呼ばれているのだ。
しかし、実際のところ、彼は内弁慶なだけで親しいものに対しては柔らかい微笑みを見せる。
それどころか、本来は領地の統治や国の行く末を左右する戦よりも、花や小動物を愛でていたい、と言うような少々乙女な面も持ち合わせている繊細な男だった。
シャルルは『氷の公爵』と呼ばれるだけあって、眼光鋭く冷たい表情で招待状を睨みつけていた。あまり親しくないものが見たら一瞬怯んでしまいそうな表情はいくら目鼻立ちが整っていて美麗であったとしても近付き難い風貌に見えてしまうだろう。
そんな彼に向かって、長年エイベッド家に仕えている従者のジャンは怯むことなく、気安いノリでツッコミを入れる。
「坊っちゃん。いくら従兄弟であっても陛下のことをあの男などと呼んではなりません。不敬ですよ」
ジャンの言葉には共に育ってきた幼馴染としての気やすさがこもっていた。
プライドの高い貴族であれば、敬う気のない言葉に憤って、従者を切り捨ててしまうものもいるかもしれない。
しかし、シャルルはこんなことでは全く怒らない。それどころか、シャルルはこの従者であるジャンに全く頭が上がらないのだ。
ジャンはシャルル付きの従者として幼い頃から鍛錬を積んでいる。どんな不利な状況でも頭が回る切れ者で、王家の相談役としての職務で忙しいシャルルに代わって、公爵家領、領主としての執務のほとんどを代行している。
エイベッド家の頭脳といっても過言ではない存在だ。
「……しかし、それをいうならば、爵位を継いでエイベッド家の当主となった私に向かって“坊っちゃん”と呼ぶお前だって不敬極まりないだろう。私はもう三十二になるんだぞ?」
「御言葉ですが、坊っちゃんはいつまでも結婚する素振りも見せず、未婚でいらっしゃるじゃないですか。女性嫌いの社交嫌いでいらっしゃる、甘ったれの坊っちゃんはいつまで経っても“坊っちゃん”なのですよ」
「ぬぬぬ、何だとう? 未婚であることはそんなに悪いことか? 実際、貴族の中にも独身を貫き、それを信条としている者だって多いではないか。私だけに言及するのは差別だろう!」
ジャンはわかりやすく顔を顰めた。
「しかしながら……坊っちゃん。坊っちゃんが引き継いだ、このエイベッド家は陛下の御生母を輩出した、高貴なる公爵家なのですよ。他の貴族とはわけが違います。今でも王宮に強い発言権を持っている家なんてエイベッド家の他にございません。そんな公爵家の一人息子であられる坊っちゃんが後継をお作りになるのはもはや、この国で一番大事な義務だと言っても過言ではないでしょう」
「それは言い過ぎだろう。この国の未来にとって大切なことはいくらでもある」
「しかしながら……。実際あの陛下があなたさまのためにこうして舞踏会を催しているではないですか! 未婚のあなたのために! 国中の御令嬢を集める手配を陛下自ら行って、坊っちゃんの出会いの場を自らお作りになってくださったのですよ⁉︎」
「うう……」
それを言われると何も言い返せない。
従兄弟にあたるこの国の陛下は、シャルルよりも四歳年下だが、六年前に王妃を娶り、立派に世帯を持ち、二人の子宝にも恵まれている。
幼い頃からシャルルを実の兄のように慕ってくれていた陛下は、シャルルが未だ独り身でいることに対して気を揉んでいるようだった。
「もう最悪、結婚もしなくても構いません! 一夜の過ちでもよろしいので、お世継ぎだけはおつくりになってください!」
「そんな女性に不誠実なことできるか!」
世継ぎさえ作ればなんでもあり。なんでもいいからさっさと世継ぎをつくりたまえ。
そんな雰囲気をシャルルはジャンだけではなく、屋敷中から感じとっていた。
養子を迎え入れることも考えているが、直系の子でなければ、長年受け継がれてきた由緒正しいエイベッド家の血統はそこで途絶えてしまう。
シャルル自身は血統にこだわりがなく、優秀なものを家に迎え、エイベッド公爵家の人間として国を導けばいいと考えていた。しかし周りはそうは考えてくれないらしい。
貴族社会において__特に王家や公爵家の人間は特に血統にこだわる。
養子を迎えるにしても、妻を迎えるにしても、今後のことを考えると気が重い。シャルルはジャンに気づかれないくらい小さく、ため息をついた。
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