氷の公爵と呼ばれた旦那様はただのヘタレですし、妻の私は子猫です

菜っぱ

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まだ出会う前の二人はシリアスみが強い 5

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(どうして私まで一緒に王都に向かわねばならないのだろう)

 面倒なお貴族様には金輪際関わらない。
 そう決めていたはずだったのに、なぜかミラジェは王都の舞踏会へと向かう馬車に乗せられていた。
 もちろん、自分の意思で乗車したわけではない。姉たちに無理やり乗れと命令されたのだ。

 王都に向かう馬車に揺られながら、ミラジェは憂鬱な表情を浮かべながら、馬車の窓に映る街の景色を眺めていた。目の前には向かい合うように煌びやかなドレスに身を包んだ姉達が二人並んで座っている。その姉たちが持ち込んだ荷物鞄が置かれた向かい側に、ミラジェは荷物の一部のようにちょこんと座っていた。

 姉たちは、今日の舞踏会で自分にとって相応しい結婚相手を見定め、とっ捕まえるつもりだそうだ。

 貴族にとって結婚適齢期は大体十八までである。
 今年十八歳を向かえ、後がない上の姉のギラギラとした眼光は、さながら獲物を狙うハンターのようだった。
 上の姉が今日来ているのは今までに見たことのないような、精巧な刺繍が施された淡いピンク色のドレスだった。街で一番腕ききの職人による、細やかな模様が所狭しと並んでいる刺繍は、繊細で美しいものを見る機会が乏しいミラジェにとって、よくわからない集合体にしかみえず、視線をやるだけで目眩がしそうだった。
 その刺繍達はドレスを選んだ姉の絶対に今宵、相手を決めてやるという意気込みの現れに思えた。

 十六歳である下の姉も上の姉の様子を見て、行き遅れることを不安に思ったようで、早めに婚活に力を入れているらしい。同じように高級レースをふんだんに使った薄青の高級なドレスに身を包んでいる。

 二人とも高嶺の花であるシャルル公爵は無理でも、王家にゆかりのある者の一人くらいは捕まえら得るかもしれないと考えたようだった。

 しかし、この場にミラジェがいるのはおかしい。なぜなら、ミラジェはまだ十五歳という成人年齢に一ヶ月ではあるが達していなかったからだ。

 なぜここに伴われたのだろうという疑問を抱えていると、馬車の席に向かい合うように座っていた上の姉がミラジェの顔に向かってビシリと人差し指を向ける。

「今日のあなたの役目は私たちの引き立て役よ」
「引き立て役?」
「そう。あなたみたいなやせっぽっちのでみずぼらしい子供が隣にいたら、わたくしの豊満なボディがより映えるでしょう?」

(豊満なボディ……。単に肥満気味なだけだど思うけれど……ものは言いようだわ)

 一番上の姉は、なんでも与えられて育ったがためにブクブクと太っている。しかし確かに、あまりにも痩せて貧相な体つきのミラジェの隣に立てば、姉の体は健康的に映るかもしれない。あの骨ばんだ娘に比べたら、少しばかり太っている方がまだマシだ、と。

 ミラジェは一番上の姉の言葉を遮ることはせず、従順な姿勢を見せながら頷く。

(確かに。こんなみずぼらしい私を見染める人なんていないだろう)

 いたとしてもそれは、幼女愛好家やはたまた、歪んだ美的センスを持つ変わったものだけだろう。
 ミラジェはドレスを着ても隠し切れないほど、痩せ細っていた。

 姉達が勝負衣装に身を包む中、ミラジェにあてがわれたのは姉がセンスが悪いと言って気に入らず、一度も着なかった子供用の黄色いドレスだった。

 姉達が十歳の時に用意されたドレスだったが、栄養失調により成長が著しくなく、背丈が子供ほどしかないミラジェは成人近い女性には小さいはずのそれを身に纏うことができてしまう。

 しかもそのドレスは子供をより可愛らしく見せるために、リボンやフリルがデコラティブに盛りつけられているため、痩せ細ったミラジェがそれを着ると、痩せている手足が強調され、よりいっそう痛々しく見えてしまう。

 唯一このドレスの優れている点は、首元が立ち襟になっているため、鎖骨から首にかけて覆い尽くすように広がる、虐待による傷跡が隠れるところだ。

(お姉様やお義母さまは貴族としての外面を気にするから、人目に触れるところには傷をつけないけれど、最近私の首を絞めるのがお好きだから、跡が消えなくて困っていたのよね……)

 型はもう流行遅れで、一周も二周も回り切ってしまっているが、都合のいい洋服が与えられているだけでもありがたいことだとミラジェは思っていた。

 正直、妹に不恰好な服装をさせ、自分を際立たせてまで、自身の婚活に必死に取り組む姉たちを見てミラジェは内心、彼女たちを哀れに思っていた。

(ああ、姉たちにいい伴侶が見つかるといいのだけど)

 ミラジェは姉たちが幸せになりますようにと心の底から思っていた。願わくば、自分の知らないところで、たくさんの幸せを享受し、溺れてしまうほど幸福になって欲しかった。

 それは決して、ミラジェがどんな人間でも赦してしまえるほど、清らかな心の持ち主だというわけではなく、姉達に自分をいじめぬくこと以外の娯楽を持ってほしいという悲しい発想から生まれた考えだった。

 伴侶へと興味が向かえば、きっとどこか直情的な考えを持った姉たちはそちらに夢中になるだろう。
 溺れるほどの幸せに見舞われれば、ミラジェという飽きた玩具には、もう見向きもしないはずだ。

 自分に明確な悪意を向けられ続けるよりも、無関心でいてもらえる方が、ミラジェにとって精神衛生上望ましい。

 長年続くいじめ__というより虐待に耐えてきたミラジェの心は誰の情すら必要としないほどに渇ききっていた。

(姉達の引き立て役になれるよう、精一杯頑張らなくちゃ。最低でも、せめて誰かの印象に残ってしまうようなとんでもない粗相を起こしませんように)

 ミラジェは自分の体に言い聞かせるようにして、願った。

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