氷の公爵と呼ばれた旦那様はただのヘタレですし、妻の私は子猫です

菜っぱ

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その出会いはただの事故4

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(この子供は一体なんなんだ……)

 子供はよほどシャルルの顔が怖かったのか、わんわんと泣き続けている。
 仕方がないので、背中を撫でて宥めてやろうと思って手を伸ばすと、驚いたのか子供は一気に涙を引っ込ませた。

(そんなに私が恐ろしいか……)

 それも、それで癪な気分になったが、涙が止まったのは泣かれ続けるより状況が好転したと言えるだろう。

「君からすると私は恐ろしい人間のように見えるかもしれない。しかし私は今回のことについてちっとも怒っていないんだよ」

 シャルルはできるだけ、優しく柔和に聞こえるように声音を調整し、ささやきかけるように説く。

「ほ、本当に……?」
「ああ。本当だ。君の家にこのことが漏れるのを心配しているのであれば、一切伝えないことを誓おう」

 そう告げると、子供はかすかにほっとしたような仕草を見せた。
 気持ちが緩んだ姿の子供は、緊張している時もよりも幼さが際立っているように見えた。

(俺がもう少し若い頃に子供をもうけていたら、このくらいの子供がいてもおかしくない)

 そう思うと、なんだか感慨深い気持ちになった。

「今日は一人でこの舞踏会にきたのか?」
「いいえ。姉と一緒に参りました」

「そうか……。では君の姉君のところに送っていこう」

 そういうと、ミラジェは血の気が引いた真っ青な顔になった。

「も、申し訳ありませんが、その申し出は断らせてください。一人で帰れます! 一生のお願いです、姉とはお会いにならないでくださいっ!」
「あ、ああ。わかった」

 あまりにも必死にぺこぺこ頭を下げるミラジェの様子を不思議に思いながらも、体調不良で自分がいる部屋に迷い込んでしまったことがよほど恥ずかしかったのだろう、と違和感に目を瞑り、無理矢理自分を納得させようとする。

「で、では! ご機嫌よう」
「あっ待て!」

 人の良いシャルルは、不自然なほどに痩せほそったミラジェの様子を不審に思っていた。もし、何か問題がある家に暮らしているのであれば、自分が何かしら助けられる部分があるかもしれない。
 だが、後日訪れるにしても名を聞いていない。シャルルは飛び出そうとする、ミラジェの腕を掴んだ。

「っ⁉︎」

 すると、ミラジェは腕を掴まれたことが痛かったのか、顔を激しく歪めた。

「すまない! 少々強目に掴んでしまったようだ」
「いえ、そんなことは」

 ミラジェは咄嗟に否定したが、痛がり方は異常だった。急所をつかれたような表情をし、額にはじっとりとした脂汗をかいている。心なしか、掴んだ部分も熱を持っていた気がする。

(しかし……それほど強い力ではなかったと思うのだが……)

 嫌な予感がした。シャルルはこの子供をこのまま帰してはいけないということを本能的に悟った。

「掴んだ力が強すぎてもしかしたら、痣ができてしまったかもしれない。ドレスを捲ってみせてくれないか」
「い、いえっ! ご心配はいりません!」

 少女の顔は追い詰められた罪人が罪を隠すような、あまりにも必死な表情を浮かべていた。その表情に、不可解さを感じたシャルルは訝しさを深める。

「見せなさい。俺が御令嬢を傷物にしていたら、申し訳ないだろう」
「おやめくださいっ! 見ないでください!」

 その様子を見ていたジャンは慌てて声をかける。

「坊っちゃん⁉︎」

 しかし、シャルルは呼びかけを受けて静止しなかった。
 目の前にいる少女の怯える姿に嫌な予感がしていたからだ。

 シャルルは嫌がるミラジェの服の裾を捲り上げた。
 そこには見るも無惨な青紫色の痣と化膿した肌が広がっていた。どう見ても腕を掴んだくらいではつかないような酷い怪我だった。

(この傷……まだ加害を受けてからそう時間が経っていないな。傷の具合から見て、事故ではなく誰かから危害を加えられているのだろう)

 それと同時に、茶色に変色し色素沈着を起こしてしまっている古傷も多数見られた。
 長い間、少女は痛めつけられていたのだろう。年月を感じさせる古傷の多さにシャルルは目を瞠った。

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