氷の公爵と呼ばれた旦那様はただのヘタレですし、妻の私は子猫です

菜っぱ

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その出会いはただの事故7

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 夜の闇が深くなった頃。
 シャルルのロリコン発覚で混乱の渦にあった舞踏会がお開きになった頃。一人の男がシャルルとミラジェとジャンがいる部屋を訪ねてきた。

「やあやあ、シャルル兄様。なんだか大変なことになっているらしいじゃないか」

 穏やかな笑みを携えたこの男はぱっと見、二十代後半に見える。まだ、若い年齢のはずなのに、不思議なほど落ち着きがあり、貫禄を感じる佇まいをしていた。

(この方は誰かしら……? 一度もお会いしたことがない方だということはわかるのだけれど、どこかで見た気がする……)

 ミラジェは目の前にいる男とは面識がない。それなのに、どう言うわけか、見覚えがあるような気がしてならなかった。
 
(服装からして、高貴な方には間違いないのだろうけれど)

 ミラジェがぼんやりと思考を巡らせていると、シャルルが立ち上がり、男に向かって臣下の礼を見せた。

「……陛下。お騒がせしてしまって申し訳ありません」
「へ、陛下⁉︎」

 なんと目の前にいる男はこの国の王だったのだ。普通に生きていれば絶対に対面する機会などないブルジョア中のブルジョアに出会ってしまったことで、ミラジェは口から泡を吹いて倒れそうになる。

「いやあ。まさかシャルル兄様が少女趣味だとは思わなかった。通りで年頃の娘をあてがっても、いい顔をしないわけだ」
「……陛下。御言葉ですが、今回のことについては完全に誤解です。俺はこの子が怪我をしていることに気がついて、心配し様子を確認していただけなのです」
「……彼はそういっているけれど、それは本当かい?」

 陛下は訝しげに目を細めながらミラジェに問いかけた。

「は、はいっ! 事実です……。この方は私の怪我があまりにも醜いので情をかけて下さって……」
「……なんだかその言い方も、誤解をうみそうな言い回しだが……」

 シャルルはげんなりと眉を下げている。考えるような表情をしていた陛下は首を捻りながら口を開いた。

「……不躾な質問で申し訳ないのだが、君はどの家の出身なのかな? 私はこれでも記憶力がいいのが自慢でね。この国中の貴族とそれに連なる有力者の顔と名前は全て覚えているのだが……私は君を知らないんだ」

 陛下の言葉にミラジェは驚く。

「……無理もありません。私はアングロッタ男爵家の庶子なのです」
「アングロッタ男爵家……」

 陛下は顔を顰めた。

「よりによってあの一族か……押しが強く陰湿で、私は奴らのことは好かんのだ」
「家族が迷惑をおかけしているようで……申し訳ありません。……私もあの方々が大嫌いです」

 最後に漏れたのはミラジェの本音だった。
 その言いように、陛下はおや? と片眉を上げた。

「どうやら、彼女はアングロッタ家の者から虐待を受けているようなのです。……それを知ってしまったからには、俺はこの子をあの家に戻せません」

 それを聞いた陛下は一瞬驚いた表情を見せたが、アングロッタ家の人間の顔を頭に思い浮かべて、さもあらんと思いなおす。
 そうして、思いつきである言葉を口にした。

「ではいっそ、この娘を本当に娶ってしまったらいいのではないか?」
「は?」

 シャルルは目を点にする。
 ミラジェはまさか『めとる』が『娶る』だと結びつかず、めとるってなんだっけ……? と理解が追いつかない顔をしていた。まさか自分が氷の公爵の相手になるとは思っていない。

「娘、歳はいくつだ?」

 陛下に話しかけられたミラジェは一瞬頭がフリーズしかけたが、どうにか口を開く。

「……あと一月で十五歳です」
「はあ⁉︎」

 シャルルは成長が著しくなく、どう見ても十五歳には見えない少女を見て声を上げた。
 十歳ほどにしか見えぬ、こんな小さい子供が、成人近い年齢だったなんて! 先ほどの服を剥ぐような行為は彼女にとって屈辱だったのではないか……。そんな思いが頭を巡り、申し訳なさに押しつぶされそうになったが、もう遅い。

 一人頭を抱えるシャルルを放置して、陛下はあっけらかんと言い放った。

「なんだ。それならより好都合ではないか。娘、婚約者はいるか?」
「い、いえ。……いませんけど」

 ミラジェがそう答えると、陛下は目をきらりと光らせ、白い歯をにっと見せて無邪気な少年のように笑った。

「エイベッド公爵」

 いとこという血縁関係からいつもはシャルルのことを親しげにシャルル兄様と呼ぶ陛下が、エイベッド公爵と呼ぶ時は、改まった場面でのみだ。今、この場でその呼び方を持ち出してきたことに、嫌な予感を覚える。

「……なんでしょうか」
「この騒ぎを納めるためにも、この娘と婚姻を結べ。これは王命だ」

 シャルルは驚き、椅子から転げ落ちそうになる。それをスマートに従者のジャンは後ろから支えた。

「へ、陛下? それは……いくらなんでも」
「この騒ぎでエイベッド家の評判は地に落ちた。近いうちに私の母の耳にも届くだろう。この娘を娶ってしまうのが一番騒ぎを大きくせずに済む方法ではないか? ……それにこのままお前の性癖が広まれば、年端かもいかぬ娘を持つ貴族たちが、釣書を持ってうじゃうじゃ集ってくるぞ」
「うっ!」

 シャルルは顔を青くした。
 それはあまりにも、面倒だ。

「私はシャルル兄様のために舞踏会まで開いたのに、兄様は控室から出てこないまま、時間を潰そうと考えていたようだし……まあ、縁がある人間に一人でも出会えたのなら、よかったのだろう」

 陛下はニヤリと人の悪い笑顔を見せた。

 こうして、氷の騎士として名高い三十二歳のシャルルと、来月十五歳になるが、見た目はまったくの幼な子と言っても過言ではないミラジェの婚姻は決まったのであった

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