氷の公爵と呼ばれた旦那様はただのヘタレですし、妻の私は子猫です

菜っぱ

文字の大きさ
21 / 69

いらっしゃいませ! 若奥様!7

しおりを挟む

 翌朝、目を覚まし、身支度を整えたミラジェはシャルルに朝食を一緒に取るよう呼び出され、今後の話し合いをすることになった。

 エイベッド家の従者たちが用意した、朝食は見るからに美味しそうな代物だった。初めて見るまとも以上の食事に、ミラジェは奥底に押し込められていた、年相応の幼心をくすぐられ目を輝かせる。

 水を弾くほど新鮮な野菜のフレッシュサラダには、この国では一般的な食卓に並ぶお酢ベースのドレッシングと、皮が刻まれて入っている柑橘ベースのものの他にも、嗅いだことのないスパイシーな香りのするドレッシング添えられている。

(あの家では野菜に味なんてつける余裕もなかったけれど……。ドレッシングだけで三種類も添えられているなんて……豪華だわ)

 ミラジェはそんな小さなことにも喜びを感じてしまう。

 もちろん朝食はそれだけではない。

 焼きたてのパンは種類様々に皿に盛られ、クランベリーが入ったスコーンとかぼちゃのキッシュまである。
 メインは朝食らしく、ベーコンエッグだ。ベーコンは端がカリカリで、卵は半熟。シンプルだが、美しいそれを見るたびに、ミラジェは口の中によだれが溜まっていくのを感じた。

 食事が始まると、ミラジェは昨日と同じように、口の中に少しずつ少しずつ、食べ物を含ませていく。
 あまり、早くは食べられないので全ての料理の味を知るまでの時間が長く、もどかしいく感じてしまう。

 こんなに食事が楽しみなのは生まれて初めてだった。

 胃が小さいので量は食べられないにしても、あまりにも美味しい食事をニコニコ微笑みながら堪能していると、はっと我に帰る。そうだ、ここは昨日まで面識もなかった大貴族、エイベッド家のお屋敷なのだ。

 それに気が付かず、食事に夢中になってしまったことに、気まずさを感じながら、ゆっくりと顔を上げると、シャルルは手を顔の前で組みながら優しい目をして、こちらを見ていた。

(エイベッド公爵は……。顔つきはキリッとしていて凛々しいお方だし、国の政にも容赦がなくメスを入れる方だと噂だったから冷たい方なのかしらと勝手なイメージを持っていたけれど、全然冷たくないわ。むしろ、男爵家にいた人間よりも優しい……まるで……)

 やっぱりシャルルはどこかミラジェの母の持っていた暖かさに似た優しさを持っているようだ。

(私、昨日までなんて目に遭ってしまったのだろうと悲観していたけれど、もしかしてこれはとっても幸運なくじを引いたのでは?)

 もう、ミラジェの胃袋はエイベッド家の料理人に完全に掴まれていた。

(私、何がなんでも家には帰りたくない。なんなら、ここに一生住みたいかもしれない……。よし、決めた。私この家に拾ってもらえるように、なんとかしてみよう)

 ミラジェの脳裏には、昔、母と街に住んでいた頃に見た、野良猫の姿が浮かんでいた。その野良猫は、ガリガリに痩せ細っていたが、人懐っこく、愛嬌があったがために、近くの裕福な商家の娘に引き取られていったのだ。

(私もあの野良猫みたいに、捨てるのは惜しいな、と思える人間になれたら、この家に入り込めるかもしれない)

 この家の人々はアングロット男爵家の人間たちのようにもう変えることのできないミラジェの生い立ちを、恨むことはない。

 この家での評価は、これからの自分次第でどうにだってなるのだ。

 そう考えると、なんだか燃えてくる。
 絶対に、この家に拾われてやる。
 久しぶりにぐっすり睡眠をとり、精神的にも体力的にも回復をみせ、強かさを取り戻したミラジェは密かに永住計画を立てた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~

紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。 ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。 邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。 「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」 そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。

裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。 辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。 側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。 ※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

望まぬ結婚をさせられた私のもとに、死んだはずの護衛騎士が帰ってきました~不遇令嬢が世界一幸せな花嫁になるまで

越智屋ノマ
恋愛
「君を愛することはない」で始まった不遇な結婚――。 国王の命令でクラーヴァル公爵家へと嫁いだ伯爵令嬢ヴィオラ。しかし夫のルシウスに愛されることはなく、毎日つらい仕打ちを受けていた。 孤独に耐えるヴィオラにとって唯一の救いは、護衛騎士エデン・アーヴィスと過ごした日々の思い出だった。エデンは強くて誠実で、いつもヴィオラを守ってくれた……でも、彼はもういない。この国を襲った『災禍の竜』と相打ちになって、3年前に戦死してしまったのだから。 ある日、参加した夜会の席でヴィオラは窮地に立たされる。その夜会は夫の愛人が主催するもので、夫と結託してヴィオラを陥れようとしていたのだ。誰に救いを求めることもできず、絶体絶命の彼女を救ったのは――? (……私の体が、勝手に動いている!?) 「地獄で悔いろ、下郎が。このエデン・アーヴィスの目の黒いうちは、ヴィオラ様に指一本触れさせはしない!」 死んだはずのエデンの魂が、ヴィオラの体に乗り移っていた!?  ――これは、望まぬ結婚をさせられた伯爵令嬢ヴィオラと、死んだはずの護衛騎士エデンのふしぎな恋の物語。理不尽な夫になんて、もう絶対に負けません!!

悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。

ねーさん
恋愛
 あ、私、悪役令嬢だ。  クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。  気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…

残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……

前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします

柚木ゆず
恋愛
 ※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。  我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。  けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。 「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」  そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

処理中です...