氷の公爵と呼ばれた旦那様はただのヘタレですし、妻の私は子猫です

菜っぱ

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いらっしゃいませ! 若奥様! 8

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ミラジェがふんすと鼻息を荒くしているその時、机を挟んで向かいに座っていたシャルルは、あまりにも細く、食べるペースが遅いミラジェの様子を心配そうに見ていた。

「どうだ? 食事は口に合うか?」
「……はい。とっても美味しいです」

 顔を少し赤らめて恥ずかしそうに、言う様は無垢そのものだった。

 実際の所、ミラジェの脳内は、美味しさで埋め尽くされていた。しかし、シャルルは不慮の事故でこの家に当主の妻として、連れ去られるようにやってきた、小さな子供が、なんとか気を使って、主人の機嫌を損ねぬようビクビクしながら受け答えをしているように捉えてしまった。

(もしかして、この子は無理をしているのではないか。あんなひどい怪我を負ってはいても、生家は生家だ。本当は帰りたくて仕方がないのかもしれない)

 意を決して、シャルルは問う。できるだけ、威圧的にならぬよう細心の注意を払って表情を作った。

「君は……家に帰りたいとは思っていないのか?」
「ええ。これっぽっちも」

 間髪入れずに返ってきた、簡潔すぎる答えに、シャルルは瞠目する。
 ミラジェの瞳は翳りが全くなかった。そのあまりに清い瞳を見て、シャルルは微かに慄く。

「私はあの家に帰るくらいなら、街にそのまま捨ててくださった方がまだ幸運だと思えます」

 ミラジェは眉を八の字に下げ、自嘲するように笑う。

(この子は男爵家で一体どんな扱いをされてきたのだろう……)

 その短い答えが、ミラジェが男爵家で受けてきた仕打ちの全てを物語っているように聞こえた。

「では……、君の身柄はエイベッド家で保証しよう。何かして欲しいことがあったら何でも遠慮なく言って欲しい」

 そういうと、ミラジェは瞬きを何度かした後、少し考え込み、ゆっくりと口を開いた。

「……でしたら、わたくしに貴族としての教育を施していただけませんか?」
「貴族としての……教育?」
「はい。私は男爵家の娘ではありますが、この通り家族に構われず、貴族として相応しい素養がないままに、成人近くまで育ってしまいました。こちらのお屋敷でお世話になる身として、エイベッド公爵に泥を塗るような真似はしたくありません」

 養われる身として、百点の答えだった。

 シャルルは、考えていた子供の答えとは方向性が違うことに驚いていた。もっと、女児らしく新しい洋服が欲しいだとか、話が合うお友達が欲しいだとか、のびやかな欲求を期待していたのだ。

「……わかった。その種の事柄に長けた家庭教師を手配しよう」
「ありがとうございます」

(え?)

 シャルルは目を瞠る。
 ミラジェは小さな肢体に似合わぬ、どこかぞくりとする色香を感じる大人の笑みを浮かべていたからだ。

 それは怯えていただけの昨日とは明らかに様子が違っていた。シャルルはそんな彼女に、言葉に言い表せない末恐ろしさを感じたのだ。

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