氷の公爵と呼ばれた旦那様はただのヘタレですし、妻の私は子猫です

菜っぱ

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私はどうやら妻ではなく猫だったらしい6

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 あんなことがあっても、シャルルの一日はいつも通り始まる。

 今日は治めている領地の管理人が午後から屋敷を訪ねてくる予定だった。その前に、日常的に発生する雑務を片付けておかねばならない。ジャンは昨日のようにニヤニヤしながら、シャルルに話しかける。

「昨日はいい夜を過ごせたみたいですね」
「……そうだな」

 シャルルが後ろめたい気持ちを隠しながら、言葉を返した時だった。バンッと勢いよく執務室の扉が開いた。
 なんの敵襲かと思い身を固くしたが、そこに立っていたのは長年エイベッド公爵家に仕えている、侍女のアレナだった。

「アレナ? ど、どうした? ノックもせずに扉を開けるなんて……」

 顔が怖い。
 背後に暗い影をまといながらやってきたアレナはまるで、般若のような顔をしていた。
 おだやかな人物が起こった時というのはなぜこんなにも恐ろしいのだろうか。

 牙を剥き出しにした、猛獣のようにふうーーーと息を長く吐く、アレナの様子を見て、二人は慌てる。

 ジャンは自分が何か妻を怒らせるようなことをしたのだろうかと慌てていたが、隣にいるシャルルはその怒りの原因がすぐにわかった。

 きっとミラジェがアレナに泣きついたのだろう。

 彼女にも貴族的なプライドというものがあって、事実を隠そうとするだろうと、安易に見積もったのが間違いだった。
 彼女はまだ子供だ、もしかしたらシーツに残った血の意味を知らなかったのかもしれない。

「旦那様……! どうして、使用人を騙すような真似を!」
「いや……あれは……」

 シャルルが表情を曇らせたのを見て、アレナははっと息を飲んだ。

「もしかして直前でミラジェ様が怖がったりしたのですか?」
「いや……。ミラジェは受け入れようとしてくれたが、俺が断ったんだ」

 シャルルの言葉にアレナは目をかっぴらく。

「なのに……断ったのですか……?」
「嘘でしょう……?」

 ジャンとアレナがこの世のものでない悍ましいものを見るような目でこちらを見てくる。

「有罪」

 ジャンが冷たい声で告げる。

「本当、有罪ですよっ!あんな小さい若奥様に据え膳作っていただいて、それをあんたは断ったんですかぁ⁉︎  据え膳の製作費を払え!」
「落ち着け! アレナ! 意味がわからないことを口走っているぞ! それにあまり感情を揺らすと体に触る。お前は一人の体じゃないんだ! 」

 ジャンの声にハッとしたアレナ。自身のお腹をさすり、少し落ち着いた様子を見せる。もう安定期に入ったとはいえ、身重の体で、廊下を走り抜けてしまったことを思い出し、気まずい顔をした。

 アレナが少し落ち着いたことに安心した男二人は、ほっと息をつく。

「それにしても……。いやあ、あなたがそんなにヘタレだとは思いませんでしたよ。シャルル様」
「本当に……。呆れてものがいえませんよ。あなたはまだお若いあの方の決死の思いを踏み躙ったのですよ?」

 噴火した火山のような怒り具合ではなくなったが、それでもネチネチと攻撃してくるアレナ。

「悪かった……」
「謝るなら若奥様に直接謝ってくださいよ。とっても心を揺らしていらっしゃいましたから」
「……いやあ。それにしたってアレナほど怒ったりはしないだろう?」
「若奥様は私と比べ物にならないくらい……烈火の如く怒ってましたよ?」
「え?」

 シャルルは目を点にする。あのおとなしいミラジェが烈火の如く怒る?
 少なくともミラジェはシャルルの前ではいつも従順である。

「あの男ぉ~! っていって、ベッドのスプリングがダメになるくらい猛烈に殴り叩いてました。それに、やり返すっ! 絶対にやり返す! とも言ってましたよ?」
「え?」

 背中にヒヤリと汗が流れるのがわかった。

(ミラジェは……。そんなに過激な質の少女だっただろうか。いや、そういえば、ミラジェは婚姻の儀式の途中で乱入してきた姉たちへの態度は酷く伶俐ではあったが)

 それを聞いた姉たちは顔を青くして、一気に大人しくなった姿は酷く印象的だった。

 きっと彼女は、そのくらい恐ろしいことを口にしたのだろう。可憐な少女に似合わぬ、狂気を孕んだ言葉を。
 それを自分に向けられる時がこんなに早くきてしまうとは……。

「何を仕掛けられても甘んじて受け入れてくださいね?」

 アレナの言葉に、シャルルは項垂れることしかできなかった。

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