氷の公爵と呼ばれた旦那様はただのヘタレですし、妻の私は子猫です

菜っぱ

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家主の心中は察せず、猫道まっしぐら8

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「でも……本当に旦那様ってお優しい人ですね。こんなことをしても怒らないなんて……」

 不安そうな目でシャルルを見つめるミラジェ。
 シャルルはその時やっと理解した。ミラジェは自分がどれだけのことをしでかしたら、シャルルが怒り出すのか、はかっていたのだ。

「試すような真似をしなくとも……。私は君を家から追い出すような真似はしない」

 その言葉を受けて、ミラジェは怪しむように目を細める。

「さあ、どうだか。人は変わってしまう生き物ですもの」
「君が言うと、酷く説得力があるな」

 この家に来てから、たった二ヶ月。その短い期間でミラジェは、花開くように己の素質を開花させていった。
 この家にきたばかりの頃、ミラジェはものを言わぬ人形のように見えた。それは彼女が自分を守るために作り上げた外面であって本当のミラジェではない。
 本当のミラジェは勝気で負けず嫌いな気質の持ち主だったのだ。

 思っても見ない変化だったが、むしろそんな無邪気で無鉄砲なミラジェの様子を、シャルルは意外にも好ましく思っていた。

「じゃあ、もう舐めるのはしません。その代わり……私のお願いを一つ聞いてくれますか?」
「内容によるな……」

 一体どんな頃を要求されるのか……。シャルルは身構える。
 ミラジェは嬉しそうなニッコニコの笑顔だ。

「じゃあ、いいますね……。あのですね……たまにぎゅっと抱きしめて欲しいんです」
「抱きしめる?」

 もっとすごいことを要求されるのではないかと身構えていたシャルルは気が抜けてしまった。

「ええ。今日、ジャンさんと話していて、ジャンさんがお兄さんみたいに感じてとっても嬉しかったんです。今まであんな風に話してくれる人は家族にいなかったから」

 ミラジェの言葉を聞いたシャルルははっとする。
 今まで、家族に蔑ろにされ、かつ虐待めいたことをされていたミラジェは当たり前にもらえるはずの愛情を受けることなく育ったのだ。今、求められなかった愛情を求めても不思議ではない。

「それで思い出したんです。本当のお母さんがいた時は、よく抱きしめてもらっていたなあって。……今は抱きしめてくれる人がいないことが、急に寂しくなっちゃったんです」
「ミラジェ……」
「男爵家にいた時はそんなこと、思わなかったんですよ? 今、生活に必要なものが揃って、精神的に満たされたから、そういう欲が出てきたんだと思います。でも、いくらお兄さんみたいだからって妻帯者であるジャンさんにそんなこと頼めませんし。旦那様は一応、猫である私の飼い主ですけど家族には違いありませんので、頼んでもいいのかなって……」

 捲し立てるように言った後、ミラジェはかあっと頬を赤く染めた。言った後、自分の子どもすぎる欲求に恥ずかしくなったのだろう。

「やっぱり、いいです。……ごめんなさい、調子に乗って変なことを言って」

 ミラジェが部屋を去ろうとした時、シャルルは腕をギュッと掴み、ミラジェを引き寄せ、両腕で抱き締めた。

「不埒な感情は抱いていないからな」

 いちいち断りを入れるのがおかしくて、ミラジェはクスッと笑いをこぼしてしまう。

「知ってますよ。飼い主は猫を抱きしめるものです……あと、吸ったり……」
「吸わない」


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