氷の公爵と呼ばれた旦那様はただのヘタレですし、妻の私は子猫です

菜っぱ

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猫なので綺麗好きです4

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(これで私の懸念は一つ減ったわ)

 家庭教師が解く貴族教育の中で、ミラジェは自分の立場がどれだけ高位であるかを知っていた。
 同時にミラジェは公爵夫人である自分に不敬な振る舞いをした元家族を糾弾し、自分が直接男爵家をとりつぶすことができる階位であることも知っていた。

 今彼らに与えられている罰以上の酷い罪に処することだってできたのだ。__それこそ、気が済むまで。

『やられたらやり返すのよ。ミラジェ』

 母の教えが、ミラジェの頭に蘇る。

(きっと、やり返したら気分はいいんだろうな……)

 自分をとことん追い詰めた人間のことを、自分も追い詰めてやろう、と思った瞬間もあった。

 でも、ミラジェはそれをしなかった。

 清廉な心を持っているからではない。
 裁きを下すことも、何もかも面倒だっただけだ。
 一時の快楽のために、己の腕を血染めにするような人間の屑ともう二度と関わりたくない感情が勝つ。

(あの人たちがやってきたことは非生産的だわ。そんなことに時間をかけるくらいなら、もっと生産的なことに時間をかけるべきよ)

 私は、あの人たちの先を行くのだ。そう割り切りたかった。

 だけども……。
 今まで自分を苦しめてきた人間がいなくなった。その一言を聞いただけだと言うのに、ミラジェの心中にはさまざまな感情が渦巻く。

 怒り、苦しみ、不甲斐なさ。

 その時、何もできずにやられっぱなしだった自分が、どれだけ無力で、非力な子供だったのか、権力を持った今だからこそ思い知らされる。

(多分、私は私が思っていた以上に、あの扱いに傷ついていたんだわ)

 体の傷の大半は、公爵家の秘薬によって治された。しかし、心の傷は?
 きっと幼い頃にできた傷は、永遠に古傷としてミラジェに残り続ける。

 しかし、治ることのない傷は隠さなければいけないのか。
 傷は、本当に傷としての役割しか持たないのだろうか。

 無言で、唇を噛みしてめて静寂を貫いていると、シャルルが少し震えた声で問う。

「こんなことを聞くのは……よくないのはわかっているんだが……男爵家の人間がいなくなって清々したか?」

(本当にこの人は……。無神経なのかしら。こんなことをこのタイミングで私に問うなんて……)

 それでも百パーセント嫌いになれないのは、なぜなのか。

 それはどんなに無神経な人であっても、シャルルはミラジェにとって、救世主であるからだろう。

 シャルルに会わなければ、ミラジェは永遠にあの男爵家に囚われたままだった。

 ここには王都で売られている絵本に出てくる登場人物のような、完璧な王子様はいない。

 いるのはヘタレで無神経な旦那様だけ。

 でもその男は古傷だらけの人間を案じる心優しい一面も持ち合わせている、恩寵でもあるのだ。

 渦巻く感情を押さえ、シャルルを睨みつけたミラジェはポロリと一粒涙を流す。

「清々すると思っていたのに……。心がひねり潰されるように辛いんです。あんなにすぐに消してしまえる人たちに、私は十年間も苦しんでいたのかって……。私の十年は何だったのって……」
「すまん……。無神経なことを聞いた。許してくれ」

 それ以上言わなくてもいいとでもいいたげに、シャルルはミラジェをがっしりと抱き締めた。その腕は怒りなのか、悲しいなのか、憐れみなのかはわからないが、小刻みに震えていた。

(どうして……。どうして。この人はいつもいつも、私以上に苦しげな表情をするのだろう)

 まるで、本当に案じているようじゃないか。

 シャルルがわからない。どうして、自分をこんなにも大切に思ってくれているのか。
 わからない。わからないけれど。

 シャルルが自分の人生に寄り添おうとしてくれることがひどく嬉しいのは確かなのだ。
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