氷の公爵と呼ばれた旦那様はただのヘタレですし、妻の私は子猫です

菜っぱ

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事件の顛末とこれからの話3

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それはさておき。
 ジャンは侍女の顔に見覚えがあった。
 だが、その人物がだれなのか、すぐには思い出せなかった。それは随分昔のことだったからだ。

(……どこで見たんだ?)

 思考を巡らせると、やっと何者かがわかり始める。

「あっ!」
「? ジャンさんはこの方をご存知なのですか? 身のこなしから察するに、暗殺の専門業者のようですが……」

 ミラジェが訝しげに顔を歪める様子を見て、ジャンはなんでそんなことがわかるのだ……と、末恐ろしさを覚えた。
 だが、今はその情報が重要な手がかりになる。

「シャルル様が以前王宮に招かれた時、陛下が暗殺未遂にあったことがあったのです。その時、王宮ですれ違ったことが……」

 その言葉を聞いたミラジェはへえ、と耳奥に余韻が残る声音を出す。

「陛下にまで害をなそうとした前科がおありなの。まあ……愚かねえ」

 ミラジェは縄の根元をぐいっと引っ張り、間者の女の体がより絞められるように持ち方を変えた。

「ねえ、あなたの主人はどなた?」
「……いうわけないでしょ」
「そう……。言わないの。……じゃあ、爪でもはぎます?」

「「えっ!」」

 ジャンと間者の女が同じタイミングで声を上げた。
 間者の女は、信じられないものを見たかのように目を瞬かせる。

 可愛らしい、フリルのドレスに身を包んだ、華奢な少女から出るとは思えないギャップに満ちた__満ちすぎた言葉だったからかもしれない。

「私、知っている拷問レパートリーの豊富さなら……誰にも負けない自信があるんです。大丈夫。どこまでなら死なないかも、ちゃあんと見極められますから」

 仄暗い笑顔は、それが脅しでないことを明確に表していた。

「ひっ! ひいいいいっ!」

 可憐な幼姿のミラジェが笑顔で爪をはぐ様子を、リアルに想像してしまったのだろうか。間者の女は泡を吹いて、倒れてしまった。

「あら、脅しただけなのに気絶しちゃったわ。案外、打たれ弱いのかしら?」

 ふう、と息吐くミラジェの隣で、しげしげと目を凝らすジャン。

「なかなか、見応えのある光景でした……今の発言は冗談ですか?」
「いいえ。本気よ」

 おおう……。本気だったか。

(そういえば、猫って……虫を一発で仕留めずに、動きが止まるまでいたぶって弄ぶことを好む)

 背中を冷たい汗が一筋通った。
 ジャンはにっこりと笑うこの人には逆らわないようにしようと、密かに心に決める。

 その時だった。廊下の先から、速度の速い何かが走ってきた。

「ミ、ミラジェ……⁉︎」

 そう叫びながら走ってきたのはシャルルだった。シャルルはミラジェの無事を確認して安心したのか、ミラジェの体をがっしりと抱きしめる。

「なっ! なんですかっ! いきなり!」
「ミラジェが部屋にいないと聞いて……間者と接触したのではないかと心配してっ!」
「……間者なら、そこで伸びていますが」

 どうやら、シャルルはミラジェを心配するあまり、彼女しか視界に入っておらず、すぐそこで床に倒れ込む間者の女に気がつかなかったようだ。
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