氷の公爵と呼ばれた旦那様はただのヘタレですし、妻の私は子猫です

菜っぱ

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事件の顛末とこれからの話6

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 廊下で話し合っていても仕方がないので、場所をシャルルの執務室に移す。
 執務室のソファには何が原因かは定かでないが、ありらかに機嫌が急降下したミラジェがむくれた顔で座っていた。

「ミラジェ……。私が悪かった……許してくれ」
「旦那様が何に対して謝っているのか、私には分かりませんが……」

(昨日も今日も、旦那様は謝ってばかりだわ)

 シャルルとの認識の間にミラジェは齟齬を感じていた。圧倒的なズレは、今後の生活を徐々に崩していきかねない気配を孕んでいる。

「君みたいな守られる立場にいる子供をこんな事件に巻き込んでしまったことだとか……私の言葉が足りなかったことだとか……」

 また子供。

「……旦那様は私を、守られているだけの子供扱いされるのですね!」
「そ、そうではない! 今、言葉を間違えてだな……!」

 わたわたと言い訳を考えるシャルル。ミラジェも本気で怒っているわけではないが、こうも子供扱いされるとじわじわと腹が立ってくる。

「ミラジェ様。これが以前あった王宮に侵入した刺客の情報です」

 ジャンが二人の不穏な雰囲気を察知し、それに割り込むように資料を手渡す。
 ミラジェはプンスコしながも、きちんと書類に目を通す。

「ふうん。あの時乱入してきた御令嬢が、今回の事件を起こしたのですね……。はあ、愚か、愚か」
「「……」」

 シャルルとジャンはミラジェの豪胆さに閉口した。

「ホーライド家の方々はこのことを、どう落とし前つけるんでしょうね?」
「間者を捕らえたことで、決定的な証拠ができてしまったから、逃れることはできないだろう。私から、今回の罪に関して報告書を王宮に出そう」
「そうですか……。じゃあ、直接あって、女の縄張り争いキャットファイトはする必要がないんですね……」

 ミラジェはどこか残念そうとも取れる表情で、ため息をついた。

「君は……今回のことについてあまり怖いと思っていないのだろうか?」
「怖い? このくらいのことじゃ、私、全然怯えもしませんよ? 人間がもっともっと、酷いことができること、身をもって知っていますから!」

 そう言ったミラジェの顔はものすごくいい笑顔だった。

「私の母はこう言った事件のたびに怯えて、耐えられず実家に逃げ帰ったのだがな……」
「やっぱり若奥様はこの家にぴったりの女性ですね!」
「お、お前……」

 目を輝かせるジャンを見てシャルルは呆れた顔を見せた。

「……はあ。今回は無事だったが、次回はどうなるかわからない。それに……君はまだ子供だ。これからは危ないことはしないと約束してくれるか?」

(……また子供扱いする~!)

 グツグツとしたマグマが吹き上がる前のような怒りをミラジェから感じ取ったシャルル。

「……ミラジェ?」

 宥めるように、ミラジェの顔を覗き込むと、ミラジェは勢いよく啖呵を切った。

「旦那様は私に、一般的な御令嬢たちのようにお淑やかな子女でいて欲しいのですか?」

 そういうと、シャルルは考え込んだ後、納得したわけではなさそうな、微妙な言葉を返してくる。

「まあ……そう言われればそうかもしれないな……」
「それはできません」

 キッパリとした否定だ。ミラジェは何かシャルルの想像もつかないようなことをしでかしたとしても、基本シャルルの意思を尊重し、拒否するようなことはなかった。
 そんなミラジェがシャルルの意見を退けたことに、シャルルは驚く。

(ここは引かずにはっきり言って置かなければならない)

 ミラジェは覚悟を決めた。

「旦那様の中に一般的な女子像があって、周りの女性たちがそれに似通った方々だとしても。私は……私にしかなれないのです」

 ナイフの様な鋭さを持った言葉に、シャルルはハッとした仕草を見せた。

「私は……所詮、下賤者の生まれですから……やられたら、やり返すことしかできません。そういう育ちの人間なのです」

 諦めたような、力が抜けた表情で、ミラジェは言う。

「そんなことは……」
「いいえ。無いなんて言えません。だって普通の御令嬢は自分自身の手を汚そうだなんて思わないでしょう?」

 その言葉にシャルルは何もいえなくなる。

「何かあった時、自分で落とし前をつける……。それが私のやり方ですが、私自身はその手段しか選べない私のことが全然嫌いじゃありません。むしろ誇りに思っていますもの。誰かに何かをやられたときに、旦那様の影に隠れているような女ではいられないのです。先ほど、旦那様が私のことをかわいいと言ってくれたのはとっても嬉しかったのですが……もしその可愛いが、私自身ではなく、一般的な子女たちにカテゴライズされた形容だとしたら、その賛美を受け入れることはできません」

 今にも泣き出しそうな顔だった。

「だってそれは、ホーライド家の御令嬢が、旦那様のことを理想の男性だと思った思考と同じでしょう?」
「ミラジェ……」

 シャルルは今まで以上に翳りのある困った顔をしていた。

(あ……言いすぎた)

 怖い、怖い、怖い。
 この人に嫌われるのが怖い。

 自分はこの屋敷の主人になんてことを言ってしまったんだろう。人の話を聞かずに、自分の意見を押し通そうとしている自分の方が、よっぽどホーライド家の御令嬢に近しい気質なのに。それでも言葉を止められなかった自分の低俗さに寒気がして、体が小刻みに震えた。

 __捨てられる、と反射的に思う。

「ミラジェ。聞いてくれ。私も君に言いたいことがある」
「私、猫なので、何も聞きません! 何もわかりませんっ! 自分の思った通りに進みますから~!」

 ミラジェは耳を思いっきり塞いだ。

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