氷の公爵と呼ばれた旦那様はただのヘタレですし、妻の私は子猫です

菜っぱ

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事件の顛末とこれからの話7

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 シャーと威嚇する猫の様な、ミラジェの表情は年相応の幼さを感じさせてとても愛らしくシャルルの瞳に映る。

(聞き分けが良すぎて、心配になるところはあったが、ちゃんとこの子は自分に意見を言える様になったのだな……)

 公爵家に相応しい人間になろうと、自分の身の丈以上に大人びた様子を見せていたミラジェの子供らしい一面に頬を赤く色づかせた。

 ぶつかる時は真正面からぶつかった方がいい。

 シャルルはもう話なんてする必要がないとでも言いたそうな、ミラジェと向かい合う。

「ミラジェ、聞いてくれ」
「聞きませんっ! だって、どうせ……旦那様は私のやることを許してくれないのでしょう⁉︎」
「……そんなこと一言も言っていないよ。私は君が一人で戦うことに、異議を唱えているだけだ」
「え?」

 ミラジェは瞠目する。てっきり、シャルルは自分が持つ他の令嬢よりも少々『おてんば』な質を黙認できずにいるのだと思っていた。最悪捨てられるか、元家族の様に自分を痛ぶるかもしれないとまで思っていた。

 しかしそれは被害妄想だったらしい。落ち着いてよくよくシャルルの顔を観察すると、シャルルはちっとも怒っていない。自分にも、ホーライドの御令嬢の様に思い込みが激しい一面があることに恥ずかしくなる。

「君はエイベッド家の一員だ。君がこの家を守る義務があると同時に、この家も君を守る義務があるんだ」

 シャルルは男爵家で虐げられていたミラジェには、家が自分を守ってくれるという意識すら持ち合わせていないのではないかと考えていた。家だけでなく、他人が自分を守るために行動してくれるという意識すら希薄なのだろう。

「自分の身くらい自分で守れます……」

 掠れた、消えそうな小声でミラジェがいう。

「本当に君はたった一人で公爵家における全ての脅威を取り払えると思っているの? 確かに君は強いよ。……だからこそ君は弱いんだ。君は人に頼る術を知らないからね」

 ミラジェはシャルルの指摘にハッとした。もともと自分が人に頼るということを不得意だということには随分前から気がついていた。
 公爵家ではジャンやアレナをはじめとした、たくさんの使用人たちが働いていて、皆ミラジェの世話を焼いてくれる。もちろんそれが仕事だ、ということを頭では理解できていても、申し訳ないなと思ってしまう気持ちを拭いきれずにいるのだ。

 その意識は、自分の夫であるシャルルに対してもある。

 シャルルは不幸な事故によって自分を娶ることになってしまったというだけで、多大な不利益を被った人だ。そんな人にあれをしてくれ、これをしてくれと、多くのことを要求をするのは憚られる。
 せめて自分がこの家にきてよかった、と思って欲しくて、成果を出そうと必死になっていた部分は少なからずあった。

「君は君一人で戦う必要はないんだ。何かあれば、私を頼ってくれよ……。私は君の夫だろう?」

 懇願するように揺れる瞳。ミラジェはシャルルの表情を見て、息が詰まるような苦しみを覚えた。

「でも……旦那様は……ヘタレ……いや、ん。ええっと……争い事を苦手とされているでしょう?」
「今、ヘタレって言わなかった? ……その通りだけれど」
「いいえ。言ってません」

 ミラジェはシラを切った。シャルルはピューと口笛でも吹きそうなミラジェを訝しげに睨んでから、はあ、と深めにため息をついた。

「……。まあいい」

 シャルルはこんなくらいのおちょくりで怒ったりはしないのだ。

「君の目に私は、自分の手を下すことを苦手としている人間に見えるのだろうけど、私だってだてに長年公爵をやっていないんだ。必要であれば、自分で始末をつけることだってある。なんなら、その回数は君よりも多いかもしれない。その経験値を持って、君を守ることはできる。君が私を守ろうとしているように、君を守ることだって私はしたいんだ」
「私にそんな価値はありません……」
「あるよ」
「え……」
「君は妻という立場は公爵家の駒だと思っているようだが……。君は駒じゃない。私の……大切な人だよ」
「猫ではなく?」

 ミラジェは泣きそうに表情を歪めた。

「一人の人として君を大切に思っている。……何も、一人で傷を引き受けて、全てを守ろうとする盾になろうとしなくても良いんだ」

(ああ、どうしてこの人は……)

 こんなにも面倒な自分と真正面から、向き合ってくれるのだろう。

 歪で、足りなくて、不完全で、考えが足りなくて……認めたくないけれど子供で。

 一人では何も意味を持たない自分だけれど、この人の助けになれるとしたら。

「ずるいです……。いいところだけ、しっかり決めるなんて……ヘタレのくせに……」
「そればっかりは年の功だな」

 ミラジェの目はほんのりと涙で濡れていた。シャルルは彼女をそっと優しく抱きしめた。ミラジェは腕の中で、人の体温だけではない温かさを感じていた。

 ……この場にまだいたジャンは、私は壁、と心で唱えながら必死に存在を消そうと努力していた。


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