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「エンブレン・リシャーナ! 君との婚約を今日づけで破棄させてもらう!」
エンブレンの婚約者であったはずの第一王子が、高らかに叫ぶ。周りに群がる様にいた煌びやかなドレスや燕尾服を着た貴族の学生たちがざわめく。
それもそのはず。今日、この王立学園のメインホールでは卒業パーティーが行われていた。
長年第一王子の婚約者を務めていたエンブレンは、卒業パーティーが終わったあと、そのまま第一王子の元へ嫁ぎ、王城に暮らすことになっていたはずだった。
それなのに……。第一王子の後ろには、エンブレンのの妹であるアンジュテが、目を潤ませて、彼の衣装の裾を掴む様に隠れている。
エンブレンが鋭い視線をアンジュッテに向けると、アンジュッテはまるで小動物のような、比護欲を煽る、わざとらしい仕草で、肩を震わせるではないか。
そんなアンジュッテを見て、第一王子は「大丈夫、何も怖いことはないよ」と彼女の肩を己の胸へと抱き寄せた。
なんて衝撃的な場面なんだろう。エンブレンはその光景を見て目を見開く。
——動揺をするな、感情を殺せ。
エンブレンは早鐘を鳴らす心臓を、なんとか諌めようと拳を握りしめる。
「……」
黙りこくるエンブレンを見て、第一王子はイラつきを覚えたようだ。
「なんとか言ったらどうなんだ!」
そう、焦ったような表情で第一王子は言う。
なんとか、か……。エンブレンは考える。この場に相応しい言葉はなんだろう。
「そうですか……、ではお幸せに」
エンブレンは、その場にいた学生たちが皆一様に、頬を初めてしまうほど、美しい微笑みを作って会場を去っていった。
そこには一切の感傷は見られなかった。
*
エンブレンが退出後。
会場がざわつく。
エンブレンは学内でも有名な『高貴な』御令嬢だった。
もともと、幼少の頃から第一王子の婚約者を担っていた彼女は、貴族たちが集まるあ貴族学校でも、生徒たちを監督する立場にあった。
学内で起こるいざこざや、身分差からのトラブルは、彼女が一言口を出すだけで収まってしまうほど、権力を持った女性だったのだ。
この婚約破棄だって、王子からの一方的な申し出だ。
彼女に落ち度はないのだから、ここで反旗を翻してもいいものなのに。
それなのに……どうして、あんなにあっさりと会場を去っていったのか……?
残された第一王子や、彼女の妹であるアンジュッテさえ、エンブレンの理解不能なまでの清さをすぐには受け入れることができなかったようだ。彼らは何も言わずにたちすくんでいた。
第三者には彼女の考えていることなんて、わからなかったのだ。
*
王立学校の門を出たエンブレンは辺りを見渡し、誰もいないことを確認してから、やっとほっと息をつくことができた。
そして、表情を緩め、一人、溢れでるようなほくそ笑いを浮かべた。
——こんなに上手くいくなんて思ってなかった。これで私は自由よ——
婚約者として、長年抑圧された生活を送ってきたアンジュッテは、本来の笑みを取り戻し、表情を緩めた。
*
メインホール内に残された、王立学園の生徒たちは、一体どういうことだろうとざわめき始めた。
渦中の人、エンブレンの妹のアンジュッテと第一王子は、生徒たちの視線に晒されながら、身を寄せ合ってた。
「アンジュッテ? どうしたんだい? あの女に睨まれて怖くなってしまったのかい?」
「殿下……。そうみたいです。……なぜだかわからないんですけど、姉の『お幸せに』が『計画通り』に聞こえた気がして……」
第一王子は、アンジュッテから、自分は長年姉であるエンブレンに疎まれ、いじめられているのだ、と打ち明けられていた。
エンブレンは学校でそんな身振りは見せたことはないが、家の中での出来事というのは家族にしかわからない。
それを聞いたとき、初め第一王子はまさかと思ったが、涙ながらに言葉を紡ぐ、愛する人の仕草を見た時、それは本当のことなのだ、と信じ込んでしまったのだ。
きっと、今日もアンジュッテはエンブレンの存在感にあてられてしまったのだろう。
怯えたように震えるアンジュッテの小さな白い手を、第一王子は強く握りしめた。
「大丈夫だよ。アンジュッテ。もう怖いことなんて一つも怒らないからね」
アンジュッテは第一王子に抱きしめられているにもかかわらず、己の身が震えるのをうまく止めることはできなかった。
*
エンブレンは俯きながら城外を歩く。
城内での彼女の様子を見聞きしてしまった下働きのメイドたちは彼女に憐れみの視線を向けていた。
「ふふふ……ははは!」
しかしエンブレンは笑みをこぼしていた。
ここまでの物語はエンブレンが思った通りに進んでいる。
小さい頃から、妹に奪われ続けた人生だった。
父も母も、天真爛漫で可愛らしい妹を心から可愛がり、それとは真逆の私を冷遇した。
アンジュッテ。あなたはなんでも欲しがった。
私に与えられるものの全てを。
だから、あなたは最後に私の苦しみまでを欲したのよ。
エンブレンが屋敷に帰ると、父親がこちらに気づき、走ってきた。
「エンブレン!? どうしてお前が戻ってきたのだ!? アンジュッテは……アンジュッテはどうしたのだ!」
父は血走った目をしながら、エンブレンの二の腕を強く掴んだ。
エレンブレンは、掴まれた二の腕が少し痛いな、とは思ったが、彼女は優しいのでそんな瑣末なことは気にしない。
明確な答えを望む父に本当のことを教えてやらねばならない。彼女は微笑みながら口をゆっくりと開いた。
「アンジュッテは本当に優しい子ですね。私の代わりに自ら婚約者になりたいと願われて、今日、卒業式のパーティーで彼女が王妃様になったのよ。とても素晴らしいことでしょう?」
時が止まったかの様な静寂が辺りを包んだ。
そして、全てを理解した父は崩れ落ちた。
「どうして、アンジュッテを! あの子を救ってやらなかった! この国の生贄はお前で! お前でよかったのに!」
「アンジュッテは第一王子からの真実の愛を受け、この国の不幸を全てその身に受けることを今日、決意したのです! 彼女の尊い選択を、私たち家族が喜ばずしてどうしましょう!」
お父様の顔は悲壮に歪んでいた。きっと、アンジュッテに今後待ち受けている苦悩を想像し、苦しんでいるのだろう。
「ハハハ! ざまあみろ! これで生贄になるのはあの子よ!」
エンブレンは頭を抱えながら泣き叫ぶ父親を、嗤いながらながら見ていた。
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