魔王様と禁断の恋

妄想計のひと

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1章

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「魔王様?魔王様?」

トントンと魔王様の寝室の窓を叩く、不届き者がいた。

「ランシュエ……私はもう寝ているんですが」

「魔王様にも人間と同じ睡眠サイクルが必要なの?」

魔王様は眠たい目を擦りながら、不届き者が入ってこないように、右手を前にかざして結界を張ろうとした。

「あ、ちょっと!少し雑談をしようと思って来ただけだよ」

結界を張られては厄介だと思い、勇者はすぐさま剣の柄で窓ガラスを割って入ってきた。

「この城の倉庫は予備の窓でいっぱいですよ」

実際は魔力で簡単に修復出来るが、ここ6年で何度窓ガラスを破られたか数えることは出来ない。

それでもこの侵入者が来ないように先に結界を張っておくことも、ましてや捕らえることも殺すこともしなかった。

数日見ないと思ったら連日来たり、昼間に来て戦ったりと、仲良いのか悪いのかわからない間柄が続いていた。

殴り合いに関しては負けはないが、ことベッドの話になると魔王様は敗北が続いている。だが決して魔王様は諦めたわけではない、決して。

「なんですか?」

魔王様はベッドに座り髪の毛を耳にかけると、勇者の話を催促した。

「魔王様の誕生日っていつ?」

「………」

本当にただの世間話であった。この勇者はこれまでも幾度となく本当につまらない話をした。ただ魔王様の城へ進入するためだけの口実であることを魔王様も理解していた。

「覚えていません」

「本当に?」

「本当です」

これは本当だった。魔王様にも小さい頃があり誕生日も覚えていたのだろう。だが、そんな時があったのかわからないぐらい過去の事で、とっくに忘れてしまっていた。

「それなら私が決めて良い?」

「良いですよ」

「うーん……」

勇者は口元に手を当て、首を傾げながら考えると、ゆっくり歩きながら魔王様の隣に座った。

「8月6日は?」

「なぜですか?」

「語呂合わせで」

こんな適当なことがあるだろうか?と思ったが、魔王様の口が弧を描くだけで終わった。
勇者は当然怒られるかと思ったが、自分の当てが外れて少しぽかんとしてしまった。

「最近、良いことでもあった?」

「特にありませんよ」

少し怪しい、そう思ったのか勇者は突如魔王様の胸に顔を埋めた。

「な、何を突然!」

クンクンと匂いを嗅いで、勇者の顔には何か悍ましいものを見たかのような醜い顔が浮かんだ。

「なんで怪我してるの?」

普段だったら薔薇のような香りのする魔王様から、僅かに血の匂いがした。

はっとして、魔王様は両手で勇者の肩を掴んで身体を遠ざけた。

「犬ですか?!人の匂いを嗅ぐなんて!」

「なんで怪我をしたのか答えて」

勇者の声色が普段と全く違う。
魔王様はここまで怒った勇者をあまり見たことがないため、少し身が縮んだが、何故怒っているのかわからなかった。
勇者はすっと目を細めて傷口がどこにあるのか探るような目をした。

「今日来た勇者にたまたま少し切られただけです。大したことではありません」

魔王様は何でもないように答えるが、魔王様の身体は頑丈で少しの傷ぐらいはすぐに治るため、瞬時にこの傷が浅くないことを勇者は気づいてしまっただろう。

「見せて」

「い、嫌です」

「早く」

「嫌だって言っているでしょう」

焦る魔王様と対照的に、周りの温度を下げるかのような冷気を放つ勇者。
魔王様はベッドの上で後ろへと下がるが、結局のところ勇者に肩を掴まれて後ろへ倒された。

勇者はふわりと纏っている赤い衣の腰帯を引っ張って解き、服の中に手を忍ばせて右の腰に触れた。

ビクッと身体が震えたことから、やはりここに傷があるということが勇者に分かってしまった。
魔王様も痛みがあるわけではないが、バレたことに気まずさを感じて身体を強ばらせた。

「もう痛くもなければ血も出ていません」

「……」

「大丈夫ですから離れてください」

これはまずいと魔王様の心臓は今にも破裂しそうだった。以前怒らせた時はいつだったか理由も忘れたが、そんな事かと驚く内容だったことは覚えており、その後の展開は忘れようにも忘れられなかった。
それを思い出して魔王様の頬は僅かに赤くなった。

とにかく、今はこの何を考えているのかわからない勇者をどうにかしなければならない。魔王様は必死にどうするべきか考えを巡らせた。

「ランシュエ?血の匂いは包帯を換えていないからで、本当に大したことではありません。唾でもつけておけば治ります」

実際に放っておいて大丈夫だが、その言葉で勇者は服を開き、包帯を外し始めた。

「待って、待ってください。何しようとしているんですか?」

「何って?唾をつけようとしている」

さっと青い顔をしたと思ったら、また顔を赤くして魔王様は混乱してしまった。

「それは比喩であって、本当にそうする必要はありません!」

「知ってる」

それでも手を止めず包帯を外し終え、とっくにかさぶたとなった15cm程の剣の切り傷が現れた。その傷を眺める勇者の顔は何の表情も浮かべておらず、逆に恐ろしいほどであった。

勇者はそっと傷口に触れたかと思うと、そこに唇を寄せようとする。

「ダメです!絶対ダメ!」

しかし無情にも勇者の舌は魔王様の白い肌に着いたかさぶたの上を這った。

「!!」

身を捩らせて逃げようとするが、腰をしっかりと掴まれて逃げようにも逃げられない。

魔王様はこそばゆい行為が非常に苦手だった。

「く、くくっ……ダメです!本当にやめてほしいです!我慢できません!」

「あと少しだけ」

魔王様は勇者の肩を押して必死に逃げようとしたが、諦めてくれないので、膝で思いっきり腹部を蹴ってしまった。

「っ……!」

魔王様は腰にかかる力が弱まった瞬間に、勇者の下から這い出した。

「私はくすぐられるのが本当に苦手なんです!」

「………」

ふっと馬鹿にしたような笑みを浮かべて、少し楽しそうになった勇者を見て、魔王様はやっと安堵した。
さっと身なりを直そうとしたところで、また勇者が近づいてきて手首を掴んできた。

「まだ理由を聞いてない」

「ん?切られたと話したではありませんか?」

「魔王様がその辺の勇者に斬られるわけがない」

確かに魔王様は弱くはなかった。勇者と剣と拳を交えてもかすり傷程度で、手当が必要なほど傷を負ったことは1度もなかった。

魔王様も、これには何と答えるべきか悩んでしまった。目を伏せて思案に暮れ、少しの時間が経った。勇者に掴まれている部分がどんどん熱くなり、また強く力が込められていった。

勇者が心配してくれてはいるものの、恥ずかしくて答えるわけにはいかない。だが諦める勇者でもなかった。

「そう、リンドハイム魔王様がそのような態度をとるのなら、私も手段を選んではいられない」

頭を左右に振り、勇者の鋭い目がさらに鋭くなり、掴んでいた手を魔王様の頭上へと押しやった。
魔王様は頭の中で警報が鳴り響いた。これはまずい、非常にまずい展開であることを知っていた。

しかしふと思ったのは、このまま正直に話しても結果は同じにならないか?どうやってこの勇者から自分は逃げることができるのだろうか?力づくか?この勇者の力はかなり強く、先ほども押し倒されてしまった。

この勇者を傷付けず、どう対処しようかと考えているうちに、気づいたら下まで脱がされそうになっていた。

「魔王様が話すまで、今日は離すことが出来ない」

目は笑わず、口元だけが弧を描いていた。





「陛下は大丈夫ですか?」

リタは魔王様の寝室から出てきた勇者に話しかけた。

「うん、今は寝ているよ」

「そうですか」

大丈夫とは傷の事が、それとも別のことか。
リタの、この勇者に対する心証は悪かった。リタにとって自分の魂とも言える魔王様が狂わされているのだから当然だ。

「今日の傷の件は、話が聞けましたか?」

「ああ、惚れ薬が欲しいと言われたんだって?」

ふふっと笑いながら可笑しそうに勇者は言った。
今日来たのは若い少年で、もし自分が魔王様に勝ったら惚れ薬が欲しいと叫び、虚をつかれた魔王様は傷を負ってしまった、という話だったが「違います」と、リタが訂正した。

「何?」

勇者の顔が一瞬で暗くなり蒼玉の眼がリタを睨んだ。勇者はすぐに扉の方に振り返るとドアノブに手を掛け、魔王様にどういう事か詳しく聞こうとした。
その時、リタは目を閉じてため息と言葉を続けた。

「嘘をついたわけではありません。正確には、その惚れ薬を貴方に使うと言われたのです。相手の剣も悪くなかったので、その一瞬の隙に剣先が掠めました」

「は?」

この内容には流石の勇者も変な声が出てしまった。だが確かに嘘はついていない。リタにとって魔王様の尊厳を失うことを伝えるのは好ましくなかったが、それよりも重要なことがリタの中にはあった。

「なので、決して勇者様に負けて口を滑らせたわけではありません。陛下はとても我慢強い方です」

魔王様にとって大切なのは勝負の勝敗なので、リタもそこは譲りたくなかった。

「知っている。それより、こんなこと伝えて怒られない?」

「私は大丈夫です」

勇者は掴んでいたドアノブから手を離し、コツコツと魔王城の廊下で靴音を響かせてリタの横を通り過ぎた。

「今回は引き分けにしておこうか」

少し弾んだ声で勇者は囁いて行ってしまった。その楽しそうな背中をリタは眺めていた。
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