8 / 64
1章
6
しおりを挟む
リタの言葉に、勇者の無い表情がより一層強張った。
「30回目?」
「はい。100年に1度の天雷が落ち、勇者様は死にます。天帝は勇者様の魂を現世へと返し転生させ、また陛下と出会い、そして死にます。これを既に29回繰り返しています」
そうリタに告げられた勇者は何と言えばいいのか分からず、俯いてしまった。
このリタという魔王様に従順な僕が、くだらない嘘をつかない事は勇者も知っていたのだろう。
「今までも様々な対処してきました。遠くへ避難したり、魔王様が赴いたり、それこそ初めから勇者様と会わないようにしたり……ですが、どれもダメでした。必ず勇者様と魔王様は出会い、そして最後は天雷によって死にます」
自分の寿命があと1週間だと知ったからといって、直ぐに何をしたらいいか分かる人なんていないだろう。だがこの勇者はそれを聞いて俯いたまま、すぐにリタに問いかけた。
「他に、私がやっていないことは?何か対処する必要は?」
だけどその質問にリタは答えられなかった。
「魔王様は、もう諦めてしまいました。私は何か手はないかと考えを巡らせましたが、特にもうできる事はありません。ただ、最後に勇者様にこのことを伝えたかっただけです」
リタとしてもこれまで散々試したつもりだった。魔王様の苦しむ姿を見たくないが為に、自分に出来る手は尽くした。
だが何も功は得られなかった。
「天帝は魔王様でも倒せませんでした。それに……」
「約束は約束?」
魔王様が約束を大事にしている事は勇者にも分かっていた。嘘も付かなければ約束は必ず守る、それが魔王様という魔族の魅力だった。天帝とどのような約束をしたのかをリタは知っていたが、この勇者には伝えなかった。
「自分のせいで天雷が落ち、人が犠牲になることも魔王様は良しとしません。本当はもう早く終わらせたいのです」
そう掠れそうな声でリタが呟いた瞬間、扉がバンっと開け放たれた。
「2人で何を話しているんですか?」
「魔王様?起きていたのですか?」
リタはバッと振り返り表情がないまま、勇者も顔を上げて、4つの目が魔王様を見つめた。
「リタ、その話をランシュエにして何か変わりますか?」
「申し訳ありません」
魔王様は長年勤めている僕には甘かった為、特に何のお咎めも無しで勇者へと身体を向けた。
「ランシュエ、もうここへは来ないでください。誰もいないところへ行ってください。何をしても、何も変わりません」
努めて冷静に魔王様は言った。
「何をしても同じなら、ここにいてもいい?」
勇者は立ち上がり魔王様の前まで近づくと、懇願するように少し屈んで魔王様を見つめた。
「いけません。出て行かないというのなら、私が出て行きます」
目を伏せて苦しそうに魔王様は言葉を漏らした。あと1週間で死ぬと聞いたのに、どうしてここに居ると言うのか?
「リタ、行きますよ」
声をかけ、魔王様とリタは本当に魔王城から出て行ってしまった。
静かになった魔王城に残された勇者は、またソファに座り、俯いてじっと時が経つのを待った。
1週間が経ち、魔界の1層目にある都市に魔王様とリタの姿があった。人間ではない者たちで活気に溢れ、すれ違う人たちの殆どが魔王様の美しさに目を留めるが、半数は魔王であるということに気づきそそくさと去っていく。魔王様はそれなりに有名人だった。
食事処へ入り窓側の席へ座ると、適当なご飯を魔王様は頼み、最後に酒を追加した。
「陛下、今回もこれで良かったのですか?」
リタが言いたいのは、今回も天雷に対して何もしないのかという話だった。
魔王様はしばらく何も話さず片肘をついて窓の外を眺めていた。
料理と酒が運ばれて、リタは魔王様のグラスに酒を注いだ。魔王様はそのグラスを手に取り一気に#呷_あお__#った。
「もう私は疲れたんです。終わりにしましょう」
この言葉は30回目が始まり、#頻_しき__#りに呟いていたセリフだった。空になったグラスにリタはまた酒を注ぐ。
「私もお供しますか?」
無表情に淡々とリタは言葉を出し、魔王様はまた酒を呷り、リタを見つめた。
「いいえ」
2人の間に長い沈黙が続いた。魔王様の僕になって、リタは数千年経つ。何があっても魔王様に付き添い、今回もそうするべきだとリタは思っていた。
だが魔王様はそう思ってはいなかった。
そろそろ天雷の落ちる時だ。
天雷は30回目となり、魔王様は勇者の死に目に会う気はさらさらなかった。
暗い雲が空を覆い、重い空気が身体中に纏わりつく。
この天雷の落ちる場所に勇者がいる。
空を眺め、突如眩い光が視界を遮った。同時に鋭く鈍い音が耳を突き抜ける。
今回落ちた場所は魔王城だった。
「陛下」
「大丈夫です。私にはリタがいます」
「30回目?」
「はい。100年に1度の天雷が落ち、勇者様は死にます。天帝は勇者様の魂を現世へと返し転生させ、また陛下と出会い、そして死にます。これを既に29回繰り返しています」
そうリタに告げられた勇者は何と言えばいいのか分からず、俯いてしまった。
このリタという魔王様に従順な僕が、くだらない嘘をつかない事は勇者も知っていたのだろう。
「今までも様々な対処してきました。遠くへ避難したり、魔王様が赴いたり、それこそ初めから勇者様と会わないようにしたり……ですが、どれもダメでした。必ず勇者様と魔王様は出会い、そして最後は天雷によって死にます」
自分の寿命があと1週間だと知ったからといって、直ぐに何をしたらいいか分かる人なんていないだろう。だがこの勇者はそれを聞いて俯いたまま、すぐにリタに問いかけた。
「他に、私がやっていないことは?何か対処する必要は?」
だけどその質問にリタは答えられなかった。
「魔王様は、もう諦めてしまいました。私は何か手はないかと考えを巡らせましたが、特にもうできる事はありません。ただ、最後に勇者様にこのことを伝えたかっただけです」
リタとしてもこれまで散々試したつもりだった。魔王様の苦しむ姿を見たくないが為に、自分に出来る手は尽くした。
だが何も功は得られなかった。
「天帝は魔王様でも倒せませんでした。それに……」
「約束は約束?」
魔王様が約束を大事にしている事は勇者にも分かっていた。嘘も付かなければ約束は必ず守る、それが魔王様という魔族の魅力だった。天帝とどのような約束をしたのかをリタは知っていたが、この勇者には伝えなかった。
「自分のせいで天雷が落ち、人が犠牲になることも魔王様は良しとしません。本当はもう早く終わらせたいのです」
そう掠れそうな声でリタが呟いた瞬間、扉がバンっと開け放たれた。
「2人で何を話しているんですか?」
「魔王様?起きていたのですか?」
リタはバッと振り返り表情がないまま、勇者も顔を上げて、4つの目が魔王様を見つめた。
「リタ、その話をランシュエにして何か変わりますか?」
「申し訳ありません」
魔王様は長年勤めている僕には甘かった為、特に何のお咎めも無しで勇者へと身体を向けた。
「ランシュエ、もうここへは来ないでください。誰もいないところへ行ってください。何をしても、何も変わりません」
努めて冷静に魔王様は言った。
「何をしても同じなら、ここにいてもいい?」
勇者は立ち上がり魔王様の前まで近づくと、懇願するように少し屈んで魔王様を見つめた。
「いけません。出て行かないというのなら、私が出て行きます」
目を伏せて苦しそうに魔王様は言葉を漏らした。あと1週間で死ぬと聞いたのに、どうしてここに居ると言うのか?
「リタ、行きますよ」
声をかけ、魔王様とリタは本当に魔王城から出て行ってしまった。
静かになった魔王城に残された勇者は、またソファに座り、俯いてじっと時が経つのを待った。
1週間が経ち、魔界の1層目にある都市に魔王様とリタの姿があった。人間ではない者たちで活気に溢れ、すれ違う人たちの殆どが魔王様の美しさに目を留めるが、半数は魔王であるということに気づきそそくさと去っていく。魔王様はそれなりに有名人だった。
食事処へ入り窓側の席へ座ると、適当なご飯を魔王様は頼み、最後に酒を追加した。
「陛下、今回もこれで良かったのですか?」
リタが言いたいのは、今回も天雷に対して何もしないのかという話だった。
魔王様はしばらく何も話さず片肘をついて窓の外を眺めていた。
料理と酒が運ばれて、リタは魔王様のグラスに酒を注いだ。魔王様はそのグラスを手に取り一気に#呷_あお__#った。
「もう私は疲れたんです。終わりにしましょう」
この言葉は30回目が始まり、#頻_しき__#りに呟いていたセリフだった。空になったグラスにリタはまた酒を注ぐ。
「私もお供しますか?」
無表情に淡々とリタは言葉を出し、魔王様はまた酒を呷り、リタを見つめた。
「いいえ」
2人の間に長い沈黙が続いた。魔王様の僕になって、リタは数千年経つ。何があっても魔王様に付き添い、今回もそうするべきだとリタは思っていた。
だが魔王様はそう思ってはいなかった。
そろそろ天雷の落ちる時だ。
天雷は30回目となり、魔王様は勇者の死に目に会う気はさらさらなかった。
暗い雲が空を覆い、重い空気が身体中に纏わりつく。
この天雷の落ちる場所に勇者がいる。
空を眺め、突如眩い光が視界を遮った。同時に鋭く鈍い音が耳を突き抜ける。
今回落ちた場所は魔王城だった。
「陛下」
「大丈夫です。私にはリタがいます」
0
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募するお話に、真紀ちゃん(攻)視点を追加して、倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる